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あたしは真ん中の一番後ろから二番前の微妙な位置の席だった。先生からあてられやすく、周りをあまり見渡せない。つまんないことばっかな席だ。うとうと眠たくってたまらなくって、頭を振っていたら先生があててくる。だから下を向いてあてられないように、必死に教科書を見つめるふりをしてたまに寝ていた。先生の声はいつも念仏みたい。楽しくない説明を毎回するし、早く進めなきゃテストの範囲を全てカバーできないから必死で教える。
教室の中での地位を考えたことがある? 春ごろの先生の地位はこの教室では一番だった。一等かっこよかったわけでもない。むしろ私服はださださ。白いシャツにスラックスの黒パンツがいつもの服。背はチューボー男子と同じか、少しだけ高いくらい。つまりはあたしのクラスの男子くらい。それなのに、たまにおしゃれなワンピースを着てくるときもあるんだ。おかしいよね。服に興味ないよぉって顔してて、たまに良い服を着てくる。そんな日に限って男子は敏感で。
「せんせえぇ、今日デート?」
なぁんて、みみっちぃことを言ってくる。とっても子どもな言葉を投げかけるくらいにはあたしの教室の男子は子ども。休み時間に警報機のボタンを押す、声の大きい子がいたり、授業中に女子の髪型をバカにする発言を堂々とする子もいる。一番子どもだと思うのは、休み時間のたびに、いじり役が教壇の前に立つ、あの風習。
「なあ、崎谷この前のミッキーやって」
そうして、しょうがないなぁ、とよわっちくてほそっこい男子が前に出る。顔も体もポッキーみたいに細い男の子なんだ、この崎谷(さきたに)って子は。崎谷は両手をぐーにして頭の上に掲げる。これでミッキーのつもり。頭をかしげて、足を前にだし、かかとを立てて、
「ミッキーだよ」
裏声でその男子はミッキーの真似をする。
それだけで崎谷の周りにいた男子は大爆笑。その中の声の大きく、みんなを引き連れている男子が満足げにしているのをみて、あたしは崎谷から目をそらしてしまう。
いくら昼休み中だからと言って、教壇の前に立てばみんな注目するし、気になってしまうものだ。おまけにばか笑い。あたし達女子も見ていて、ああ面白いことをする子なんだって一緒になって笑っていた。でも、時たま目をそらしてしまう。
あたしの席は真ん中の教壇がよく見える座席だから、前に立たれるといやでも目に飛び込んでくる。昼休み中はまだ目を逸らしても気にならないかもしれない。でも立つのが総合の時間みたいにグループで何かするときなんかは最悪。みんなが崎谷のことを見て、ばかやってんなって笑うんだ。あたしはその空気に乗らなきゃいけないって必死になる。で、気づく、今は笑えない時なんだって。まるで目を逸らしてしまうこと自体が罰みたい。笑わないことがいけないことみたい。
崎谷が好きでやってんのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あたしにはそれは分からない。
でも、あたしはそういう気分になることがよくあった。
教室での地位って、あると思うんだ。今はもうそんなスクールカーストみたいなものないって言う子もたくさんいると思うけれど、あたしはよく肌でひしひしと感じてた。声のでかい、あの男子、深瀬(ふかせ)みたいにあたしは上位にたてないってことがわかる。
教室で何か物事を決めるとき、意思決定は誰がすると思う? 多数決? 先生の独善的な判断? くじ? 違う。一番は声の大きい男子が、なんとかでいいんじゃないのっていうこと。そういう教室の空気を一変する存在。そういう存在は地位が高いんだなってわかる。
全ての取り決めはそういう子が決める。
だから、その子の顔色をうかがって、従うしかない。そっちの方が楽だってのもあるよ。でもそうする一番の理由は怖いから。もしその子があたしを「気持ち悪い」と言ったら、教室でのあたしの印象は本当に気持ち悪くなる。くさい、汚い、ぶさいく、きつい、そんな罵詈雑言があたしに向け公言されるだけで教室での地位は地の底に落ちる。
そういえば、あたしのクラスには授業中にライトノベルを読んでいる子がいるんだけど、そういう子にも深瀬はちょっかいかけてた。本を取り上げて、栞をぬき、そのままたたむ。そして、笑顔で本を返したことがあった。その子は返されても嫌な顔をせずそのまま本を開いて淡々と読んでいた。重要なのはその後。深瀬が近づいて、ちょっかいをかけただけでその子は結局アニメが好きなオタクの印象が強まる。それから折があるたびにその子はエロいアニメが好きなんだろってからかわれてた。
あたしは怖かった。深瀬は、あたしの後ろの席だし、プリントを渡すのにいつも振り返らなきゃならない。プールの後なんかは、濡れた髪で透けたカッターシャツを後ろから見られる。なんだか気持ちがそぞろで。その席の時はいつも授業中が嫌だった。コンパスの針を背中に突き立てられないか、あたしの居眠りがばれて、いじられないか。あたしはいじられるのが嫌。面白さがわかんないから。
そして、五月ごろ。
「崎谷、肩貸して」
深瀬が崎谷を捕まえた。崎谷は笑顔で肩を深瀬に差し出した。あの笑顔もどっちの笑顔かは、あたしには分かんない。
あれも、いじりの範囲内だったんじゃないかな。
瞬間、深瀬が崎谷の肩に向けて思いっきり殴った。破裂した音。オーブンの中で熱された卵が弾けるそれに近い、胸をえぐる弾け方だった。崎谷は体を前進させて、一旦目を大きく開き白めの部分を多めに見せたけど、すぐに何が起こったのか分かって、いつもの教壇の前に立っているような笑顔に戻り、深瀬に向き直った。おかえしに崎谷も深瀬の肩を殴って、それから何回か破裂した音を鳴らした。男の子のいじりを見て思う。まるで獣がじゃれているみたい。でも獣は獣でしかないから、いつ牙を剥くか分かんない。
深瀬や崎谷は小学校からの仲だから、別に違和感なく友達として付き合っているのかもしれないし、周りはそれを承知で見てる。
でも、それっておかしくない。
あたしは怖くなった。崎谷は一瞬驚いたんだ。驚いたってことは本当は、いやだったんじゃないのかなって。なのに、あたし達教室内のみんなは崎谷を前に立たせても別に何も言わない。テレビのバラエティ番組を見たときのように笑っていなきゃいけない。
そんな毎日を繰り返していた。先生はなにも言ってこなかった。いつも必死に生徒に向き合ってたとは思う。子どもに対して柔らかく注意することはあっても、きちんと怒りはしなかった。冗談交じりで深瀬と関わってた。先生にとって深瀬は便利だったんだろうね。行事ごとの方針を決めてくれる生徒はなにかと教室の空気をひきしめてくれるし。文化祭だって教室の一致団結感は他のクラスよりもあった。だから先生の地位が下がってくるのは自然だった。
春が過ぎた頃には先生のことなんてもう誰も信用していなかった。
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