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あたし達のコミュニケーションはなにも教室だけじゃない。携帯の中にもある。ラインに、ツイッターに、ありとあらゆるS、N、S。しっかりとコミュニケーションをとらないと、仲間外れにされる。そこでほんの小さな誤解を生んでもアウト。
あたし達は白い画面越しに、細心の注意を払ってコメントをするんだ。明日あるテストの範囲を聴いてくれば、きちんと返さなきゃならない。その子にとって良い子を演じなきゃならない。少しでも良い印象を。
「なんでごめんって言わないの」
そんな言葉があたしの耳に刺さり、肩がぴくりと持ち上がった。
「昨日さ、部活中にボールを当てられたんだよね。女バスが外練しててさ、こっちはランニングしてたんだけど、飛んできたバスケットボールが頭に当たったの。それなのに向こうは謝りもしない」
お昼になれば由美(ゆみ)の話が迫ってきた。ずずずっと心の中に侵入してくる。そのたびにあたしに関連する話題が上がらないことを祈るしかなかった。学校に持ってきてはいけないおかしや漫画、携帯といった秘密を共有しているから、きっと大丈夫だとは思っているけれどあたしは由美を信用はしていなかった。小学校でも散々思い知らされてる。女の子は信用しちゃいけないってね。
私、トイレ行ってくるねって言って、早紀(さき)がお昼のグループを離れたことがあった。誰も一緒にトイレに行かなかった。あたしは早紀のおしとやかな雰囲気が気に入っていた。由美を真似してスカートはふたつ折りしていたり、シャツだしをしていたりするけれど、化粧はしていなかった。たれ目に、むくみぎみの膨らんだ頬、ちょっと太っているところがあたしは好きだった。一緒にいるのが心地よかった。
「早紀って太ってるよね」由美が口の端を吊り上げた。赤い口紅が教室の電灯を受け艶やかに光る。「気になんないのかな。あとぜんぜんツイッターとかリプしないし。このあいだなんか既読無視」
心臓が縮こまっていく。早紀がここに帰ってきていないことを確認する。由美は早紀を嫌っているのか知らないが、よく早紀とすれ違ってた。他の子がトイレに行くと言えばついていくのに、早紀とだけは行かない。早紀だってもう気づいているはずだった。
早紀はコミュニケーションが苦手。言葉も、メールも、とにかくワンテンポ遅れる。結局由美が裏で不満を口にする。早紀を見ているとハラハラした。早紀がこのグループを離れるのは時間の問題だった。その時はあたしも早紀と一緒に由美から離れようと覚悟もしてた。
机の上におかしを広げる。中学生なのになんでこんなにおかしにつぎ込むお金があるのかってくらい、おかしの種類が豊富だった。成長期だったし、いつも部活でお腹がすくから、たくさん食べても気にならなかった。太るのは体質や部活の種類のせい。それぞれ理由があるのに、由美は、自分のことしか考えていなかった。
あたしは飴を口の中に放り込む。ころ、ころ、と転がしながら授業を受けるのがその頃のマイブーム。おかしはもちろん先生が来る前に鞄やロッカーにしまいこむ。甘いにおいがたちこめてたって、物的証拠がなければ先生って生き物はなんにも言わないもんだから。禁酒法と一緒。呑んではいけないって言われたら余計お酒って呑みたくなるんだって。あたし達も余計食べたくなるんだよね。女の子はおかしとお砂糖でできてるから。なんて、ばかみたいだけど。
ころ、ころ、と飴玉を舐めながら授業を受けていると、珍しく早紀が授業中に携帯を触っているのが見えた。早紀の席はあたしの斜め前。先生が振り返ったら死角になるところに座ってるから、当たりづらいし、たまにこうして携帯を触っても気づかれない。机の下に携帯を構えて文字をうっている。あたしは慌てて携帯を引き出しから取り出して、先生がこっちを見ていない隙を見計らい携帯を開く。ラインに新しいグループができていた。すぐに参加して、早紀が加わっている会話に入る。
「わたし、由美が苦手なんだよね」
第一声は早紀のアカウントから。メンバーを見れば、由美以外のお昼のメンバーだった。そして次々に他のメンバーが早紀のコメントに賛同していった。あたしは機を逃した。次の話題に移る前に、あたしもそうしなきゃならないのに、先生がこっちを振り向いちゃった。あたしはノートをとって、早く板書して、と焦ってた。携帯を握って、手に汗をかいて。目の前の早紀が振りかえってこっちを見てる。味方を求めてる目の潤ませ方をしてる。
あたしは下を向いて、ころ、ころ。
時計の秒針がゆっくりじれったく動いている。先生の念仏が流れる。梅雨真っ盛りだったから、分厚い雲が遅々しい足取りで流れていく様が横目でうかがえた。先生がやっと黒板に向き直った。この間が何万秒にも感じられた。
あたしはすぐさまラインを返す。一足遅れて、早紀の言葉に同意した。ふぅ、と甘ったるい香りがするため息をついた。
あたしはとりわけ早紀が好きなわけでもない。ただ心地いいのは早紀のほうだっただけ。由美も早紀も裏の顔に違いなんてなかった。表にだすかださないか、それだけ。同意したって、明日のお昼には、由美もいれたいつものメンバーで、笑顔でご飯食べるんだからさ。
だから、女の子は信用しちゃいけないんだって。
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