クジラの火

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 凛太朗の目の前にはただ暗闇が広がっていた。 「なあ、煙草を一本くれ。ちょうど切れちまったんだ。」 凛太朗の横から大助の声が聞こえた。 「煙草はやめたんだ。」 凛太朗が答えると、大助は小さく舌打ちをした。 「10年ぶりに会ったんだもんな。そりゃお前も変わるよな。」 大助はそう言ったが、凛太朗には10年という月日の長さやその間の自分の変化よりも、よっぽど今置かれている状況の方が重要だった。 「そんな事はどうでもいいだろ。一体ここはどこなんだよ。真っ暗で何も見えないぞ。」 自分の置かれた状況が把握できない事に凛太朗は苛立ちを隠せなくなってきていた。  だが、そんな凛太朗を横目に大助は構わず話を続けた。 「お前がこの町を出て10年。東京の大学に行ったと思ったら、あっという間に教授にまでなっちゃってさ。まあ、確かに昔から町一番の秀才ではあったけど、これほどやるとはな。」 「教授じゃないよ。准教授だ。」 力なくぼそぼそと喋る大助の顔はこの暗闇の中では全く見えなかった。だが、その気配からうつろな目をして話しているのだろうという事はなんとなく凛太朗にも推察できた。 「そのうち教授になるんだろ?」 「まあ、多分な。」 依然として、まるで目の前に暗闇がある事がさも当然かのように関係のない話を続ける大助に凛太朗は短く返事をし続けた。
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