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40.家族
泉美の行動力には頭が下がる。
ある日本当に、食材をたっぷり持って、桃音と一緒に俺のマンションにやってきた。そして開口一番、こう言ったのだ。
「也くんは今日休み?電話して?」
「は?」
「ご飯作るから。呼んで、一緒に食べようよ。桃音もそのつもりだし」
「いや、あいつにだって都合ってもんが・・・」
「だから電話して聞けっつってんでしょうが。早くしろって」
「・・・怖いんですけど・・・」
「ユキちゃん、今日ママね、クリームシチューつくってくれるって!」
桃音のきらきらした瞳にやられた。もし也が都合つかなかったら、いつものように3人で食えばいい。
泉美が料理を始めると、桃音が俺の足下に絡みついてきて言った。
「サンタのおにいちゃん、くる?」
「サンタ?・・・ああ!サンタな、そういやそんな格好してたな・・・来るかな、急だからわかんねえぞ」
「こないの?」
「なんだよ、桃音はユキちゃんだけじゃ駄目なのか?」
野菜を切っている泉美が鋭い声を飛ばしてきた。
「くだらないこと言ってないで早く電話しろや!」
「ママ怖ええ!」
桃音はきゃはは、と笑った。俺は仕方なく、その場で也の電話番号にかけた。
横で期待に満ちた視線を送る桃音の迫力に押されて、詳しく説明もせず、「今から来い」とだけ言って、電話を切った。えっ、はい、わかりました、と言ってたから、多分来る。
「いただきまあす」
桃音は嬉しそうに言った。
電話の30分後、休日仕様でラフな出で立ちの也が到着した。ちょうど良く出来上がった飯を小さなテーブルにぎちぎちに並べて、これまたぎちぎちに4人でそれを囲む。
桃音は大好物のクリームシチューに、にっこにこだ。
「はい、どうぞ~、也くん、飲み物は?」
泉美は桃音にエプロンをつけながら言った。
「あ、ええと、ウーロン茶で・・・」
「あ?何で酒飲まねえの?泉美、いいからビール持ってきて」
「りょーかーい」
「えっ、でもまだ昼・・・・・・」
「休みの日にぐだぐだ言ってんじゃねえよ」
昼から飲む酒は最高だというのに。泉美と桃音がいるからか、也はいつもより真面目ぶっている。
俺と也にはビーフシチューがあてがわれ、これが我が姉の作ながらめちゃめちゃうまい。うまいっす、と言いながら也もぱくぱく食べている。
「おいしーい」
「ほんと?良かったねえ、ももちゃん、中に入ってるお野菜も食べるんだよ」
桃音は器用に、クリームシチューの中のにんじんだけを避けて食べていた。
「にんじんやだ・・・」
「どれ、桃音のにんじん、俺が食ってやる」
「だから甘やかさないでって言ってんでしょ!」
泉美に怒られた。今日は怒られてばっかりだ。ママ怖いね~、と言うと、桃音も也も笑った。
そして、桃音はさもいいことを思いついたかのように、にんじんを刺したフォークを持ち上げて言った。
「おにいちゃんも、にんじん、はーい」
桃音はにんじんを也の皿に、ころんと置いた。
やっぱりこいつは泉美の娘。細胞レベルで男に助けてもらう術を知っている。叔父さんとしては若干先行きが不安だよ。
「ももちゃん、だめでしょ!也くん、ごめん!」
「あ、大丈夫ですよ、桃音ちゃん、ごちそうさま」
なんて優しい切り返し。迂闊にもちょっと感動してしまった。が、ひとつ気に入らないことが。
「ってゆーかさ、也、「おにいちゃん」な歳でもなくね?」
「いいじゃないですか、そう言ってくれるんですから」
「どっちかって言ったらおじちゃんだろがよ」
「也くんがおじちゃんならユキもでしょうよ。ももちゃん、今度からユキおじちゃんって呼んでほしいみたいよ?」
「えっ、それはやだ」
大人3人の会話を桃音は首を傾げて聞いている。呼び名に関しては気に入らないが、とにかく桃音が嬉しそうなので万事OK。
シチューも付け合わせのフランスパンもサラダもぺろりと平らげ、たっぷり酒も飲んで、ふと気づけば言い出しっぺの泉美が潰れていた。
計画がうまく進んで安心したのか、桃音もいるのにすやすやと眠っている。確かにさほど酒には強くないほうだが、こんなことは珍しい。
「っとに、弱いくせに飲み過ぎなんだよ」
年の割に贅肉の少ない泉美は軽い。持ち上げてベッドに寝かせると、深い呼吸をして本格的に寝始めた。早朝から準備してたというから、疲れたのかもしれない。
不器用な姉の優しさはしっかり伝わったので、しばらく寝かせることにした。
桃音は也に、ご本読んで、とせがんでいた。
姉の家では、桃音が寝るときに本を読んで聞かせるのは旦那の役目だそうで、彼女は男の声で本を読んでもらうことに慣れているらしい。
なのでよく俺も読み聞かせをさせられる。
也は出来るかなぁ、と言いながら読み聞かせを始めた。
俺はその時、ちょうど煙草が切れたことを思い出した。
「也、俺ついでに煙草買ってくるからさ、桃音と留守番しててくれない?」
特になんのついででもないのだが。
「いいですけど・・・泉美さんは・・・」
「しばらく起きねえから大丈夫。もも、おにいちゃんといい子にしてろよ」
「わかったぁ」
桃音はにこにこ手を振る。少し寂しがれや、と思いつつ俺は買い物に出かけた。
也は優しい。
子供が懐くのもうなづける。先輩の姪っ子の面倒を任されて、嫌な顔ひとつしない。
本来なら、いい父親になれる。
泉美は、也が待っている、と言った。
あいつの気持ちはわかっている。
だから、おやじさんにもお袋さんにも、あいつはカムアウトしたんだ。
じゃあ、俺は?
マンションのエレベーターを降りると、通りに引っ越し屋のトラックが停まっていた。養生された通路を、業者の兄ちゃんたちが家具を次々と運び出しているところだった。
そういえば、7階の住人の引越しがあるとプリントが貼られていたのは今日だった。
買い物を終わらせて戻ると、ドアを開けるなり楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「楽しそうだな」
「ユキちゃんおかえり~」
「もも、いい子にしてたか?・・・って、泉美、まだ寝てんのか」
煙草のほかにコンビニと酒屋も回って、どっさりストックを買ってきた。
泉美はうたた寝からマジ寝に差し掛かっていて、俺はベッドのマットレスを蹴って揺らした。
その後やっと起きた泉美の酔いが覚めたのは夕方だった。
桃音は也とじゃんけんをしたり、アイスを食べたり楽しそうに過ごし、最後は也に向かって「水族館行こうね」と謎の誘い文句を残して帰って行った。
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