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7.見舞い
「ねえ、本当にひとりで大丈夫?」
「だから大丈夫だって。お義母さん、待ってるんだろ」
「そうだけど・・・キャンセルしてもいいよ」
「もうそんなに痛むわけでもないし、テレビ見て寝てるから。行ってこいよ」
「・・・わかった、じゃあ行ってくるけど、何かあったら電話してね」
本当に何かあって電話したら、お前はどうするつもりなんだ、と心の中で毒づいた。
弓のヒールの音が遠ざかるのを確認して施錠する。
その場で大きく伸びをして、リビングに戻った。テレビをつけるとワイドショーばかりやっている。人気俳優と新人女優の不倫を、コメンテーターが険しい顔で非難していた。
よくもまあ、他人の不倫にそこまで熱くなれるものだ。
人気俳優の妻であるベテラン女優を庇う意見が多い。俳優の方は、下品だのなんだのとこき下ろされている。相手の新人女優も、せっかく売り出し始めたところなのに、おそらくブレイクはもう望めないだろう。
不倫なんて、どこにでも転がっている。
だけど事情はそれぞれだ。
彼らは芸能人だからって、勝手に理由や背景を詮索され、もっともひどい推論をメディアによって、日本中にばらまかれる。
一般人であれば、当本人たちだけの中でひっそりと始まり、他人に知られずに終わることもある。
俺はどちらでもいい。
興味がないのだ。
例によって昼飯に置いて行かれたサンドイッチ。
要するに簡単に出来るから、このメニューなのだろう。トーストサンドだったり、ベーグルサンドだったり、ヴァリエーションは豊かだ。
今日はクロワッサンにスクランブルエッグとベーコン、レタスを挟んだものと、俺の好物の生ハムのサンドだった。鍋にオニオンコンソメスープと、チキンのクリーム煮まで作ってある。
用意周到であればあるほど、俺の食欲は失せるの
だが、食べ物に罪はないのでありがたく頂く。スープの鍋を温めていると、いい香りにつられて少しずつ腹が減ってきた。
食卓に皿を出した時、インターフォンが鳴った。
「はーい?」
「えっと、葉山です、葉山也仁です」
「・・・えっ?」
葉山。
どうして、家に。
「あ、ちょっと待って、ちょっ」
通話を切って、鍋の火を止めて玄関に走る。
信じられない気持ちでドアを開けると、俺の顔色を伺うように見上げる葉山が確かにそこにいた。
「葉山・・・」
ぺこりと会釈して、葉山は小さくどうも、と言った。
「お前、どうした、急に・・・」
手に持った「ホテルラソンブレ」の紙袋。つい先日、葉山の両親が現金を入れた封筒を忍ばせた菓子折りを持ってきたばかり。
まさか葉山本人なら俺が断らないと踏んだのか。
「あ・・・の、見舞いです、見舞い」
「・・・本当かぁ?」
葉山はちょっと焦った表情でうなづいた。そして紙袋の口を広げて中に入っているものを俺に見せながら言った。
「まだ飲めないでしょうけど、うまい焼酎持って来ました」
「・・・・・・上がってく?」
葉山が持ってきた焼酎の銘柄は、俺の一番好きなやつだった。
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