7.見舞い

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リビングに葉山を通して、一応茶を入れたが、ちょっと考えて焼酎用のグラスもトレーに乗せて持って行った。 葉山は、いいです、おかまいなく、と言ったり、俺が持って行ったトレーを持ちますと言って奪おうとした。 逆に危ない。 「だからたいしたことないって」 「いや、縫ったんですよね」 「2針ね。学生の頃の喧嘩より軽いわ」 「そもそも喧嘩で縫うほどの傷を負うほうがやばいですって」 「いやいやあれは勲章だから」 「若気の至りでしょ」 「まあな」 俺は貰った焼酎をグラスについだ。 まだ午後1時。昼から酒とは、自堕落で素晴らしい。 「あっ、だめですよ、飲んだら!傷治ってないのに!」 「ひとくちひとくち・・・・・・おい、これうめえな」 「めっちゃいいやつですからね。・・・まあ持ってきた俺が悪いんですけど」 「そうそう、お前が悪い。飲むだろ?」 「・・・一杯だけ」 葉山が折れた。せっかくの酒、ひとりで飲むよりふたりのほうがうまいに決まっている。 透明なグラスの端と端を軽く合わせた。澄んだ音がする。 「びっくりしたよ。お前のおやじさん、玄関先で土下座したんだぜ」 「え・・・」 「男だよなあ。かっこいいと思ったよ」 「かっこいい・・・ですか?」 葉山は眉間に皺を寄せて、わかりやすく嫌な顔をした。 「もちろんそうしなきゃならないんだろうけど、何も言わず潔く頭下げる姿、流石だよ。だからこそ受け取らなかったんだけどな」 「・・・・・・」 葉山は難しい顔で焼酎をちびりと飲んだ。 長男から見た父親像とはうまく一致しなかったようだ。 「葉山は父親似なんだな」 「うぇっ」 「汚い声出すなよ」 「嫌なんすよ・・・」 「なんで?」 「何でも頭ごなしで、ワンマンだし」 「歳取ったらお前もそうなんじゃね?」 「なりたくないすよ・・・」 「でもさ、お前の正義感強いとこ、親父さんゆずりだよな」 葉山は俺の顔を切なげに見つめた。その雰囲気に、まずいことを言ったかとぎくりとした。 「この間、言えなかったんすけど」 「うん?」 「あの・・・落書きのこと・・・あれ、違うんですよ」 「違う?」 「先輩が思ってるような感じで・・・消したわけじゃないんです」 俺は、雨の中、お前が俺の名前を呼んでいたのを知ってる。 「ごめんなさい」というたった六文字の中に、お前がどんな想いを込めていたのか、当時の俺には知る由もなかった。 が、再会して、その視線の熱さに俺はあの時のことを思い出し、なすすべもなくお前に惹きこまれた。 あの時、お前はどうして泣いてた? 俺の名前を呼びながら。 俺は葉山が話し出すのを黙って待った。 「その・・・だから、特定の人を・・・・守りたかった・・・っていうか・・・」 葉山、それじゃあ告白してるのと同じだ。 でも、ごめん。俺は何も言ってやれない。俺にはその権利がない。 「・・・それはいいことなんじゃねえの?」 葉山は俺と目を合わせない。 「でも、正義感とかじゃ無いですよ・・・むしろあざといっつーか・・・」 むしろ純粋だ。それすら気づいていないのか。 「お前・・・正直だなぁ。正義感だったってことにしときゃいいのに」 「先輩に嘘つきたくないんすよ」 俺は嘘しかついていない。 本当のことは、墓場まで持って行くつもりで。 「そっか」 「ちょっ・・・先輩?」 「お前、いい奴だよ。よしよし」 「やっ・・・やめてくださいよっ」 「なんだよ、誉めてやってんだよ、喜べや」 妻がほかの男と寝ている日、俺は真っ赤な顔の後輩の頭をいつまでもぐしゃぐしゃと撫でていた。
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