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「先輩、飲み方危険じゃないすか」
葉山が急にビジネスモードに切り替わる。おそらく、先輩がひどく酔っているから自分がしっかりしないと、とでも思ったか。
「ぁあん?」
「ちゃんぽんしすぎですよ。悪酔いしますよ」
俺はカウンターに横向きに頭を乗せて、葉山の顔を下から見上げていた。
そしてまた、俺の口は余計なことを。
「お前がいるからいいじゃん」
「・・・そのために呼びました?」
お前が来るっていうから居酒屋に入ったよ。なんて事は、絶対に言わない。
俺はグラスの酒を煽って、ついでにひとつ言ってみた。
「お前もさあ、先輩呼び、どうにかなんねえの」
「先輩は先輩ですよ」
「面白くねえやつ・・・」
お前はそういう奴だよな。だからこんなことも言えてしまう。
急激に眠気がやって来る。
今眠ってしまえたら、どんなに楽だろう。
「先輩、ここで寝ないでくださいよっ、ほら」
「う・・・ん・・・」
こんなに眠いのに、ちゃんと葉山、いや、也の声は聞こえてきた。
うとうとしている間にきっちり支払いをすませ、也は俺を抱えて店を出た。
意識はあるものの、完全な千鳥足な俺は也に寄りかからないと一歩も進まない。
俺の耳元で也が優しくささやく。
「先輩、奥さんに電話しましょう。もしかしてまだ女子会中かも・・・」
「・・・ねえよ・・・」
俺は聞こえるか聞こえないかの声量で答えた。
「えっ?」
也の足が止まる。
「弓は・・・今日・・・帰ってこねえよ・・・」
「・・・先輩・・・?」
俺は最も言うべきではない言葉を、也に支えられたまま言った。
「・・・帰りた・・・ない・・・」
也は足を動かさず、うなだれた俺の背中を支えてくれた。その腕が思いのほか頼もしくて、心臓がぎゅっと掴まれる。
也は俺を引きずるように近くの公園まで連れて行ってくれた。
夜風が気持ちいい。浴衣の裾が風にはためく。
「・・・也ぃ・・・」
自動販売機から走ってきた也は俺の前にしゃがみ込んでミネラルウォーターのボトルを差し出した。
「先輩・・・大丈夫ですか?」
「・・・飲み過ぎたぁ・・・」
「水飲みます?」
俺は素直にボトルを受け取った。キャップがうまく回らない。というか、力が入らない。やっと開いて、乾いた喉にごくごく流し込むと、受け止めきれずに口の端から水が地面に落ちた。
手の甲で拭うと、少し気持ちが冷静になってきた。
「・・・悪ぃな・・・迷惑かけて」
也は微笑んでいた。
「迷惑じゃないです」
「やっぱお前、いい奴だな」
「・・・違いますって」
俺は也に向かって腕を伸ばした。少し戸惑った表情を見せたが、也は俺の腕を取った。
その腕をどうして強く引いてしまったのか。
俺は也の胸に、頭を埋めてしまっていた。頭上で也の焦った声が聞こえる。
「す・・・すいませ・・・」
「・・・情けねえよな・・・」
「先輩・・・」
今日のことを也がいつか忘れてしまっても、きっとこれが俺の支えになる。
俺は也の胸に頭を預けたまま、そう思った。
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