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11.高3の秋
(ねえ、あれ、またやってる)
校舎の窓から身を乗り出した女子生徒が笑いながら指を指していた。
どれどれ、と数人の生徒たちが押し掛けてのぞき込む。
(またあいつらか~、本当飽きねえよな)
(いびられてんの誰?)
(さあ・・・1年じゃね?)
田舎の、ごく普通の高校。レベルとしては中の上とか何とか言われているが、それなりに荒れ、それなりに素行の悪い輩も少なくない。
3年の教室、秋の日の昼休みのことだった。
だいたいの生徒が進学と就職に向けて勉強しているにも関わらず、一部の生徒は未だに下級生をいびり倒したり、カツアゲに精を出していた。
(仁科ぁ、五十嵐シメろよ。あいつまたやってんぞ)
(・・・めんどくせ)
(お前じゃねえと止めらんないんだって。あの感じだと、また今日ホームルーム延びんべ。迷惑千万だわ)
(え~・・・)
同じクラスの五十嵐勇人というやつは、何かと俺につっかかってくる。
今までも何度かやり合っているが、俺的には一方的に絡まれている感覚だった。
俺は椅子の背に乗せた足を組みなおした。
その時期よくつるんでいた舞花が後ろから抱きついてくる。長い髪が垂れてきて顔に当たり、ついでに胸が背中に押しつけられる。
(いいよ、ほっときなよ。ねえそれよりさ、今日舞花のうち来るっしょ)
(は?なんで?)
(先週来るっていったじゃん)
(そんなこと言ったっけ)
(あんたほんとムカつく!)
やいやい言いながら、舞花ぐいぐい身体を寄せてくる。こいつの家に行くつもりはないが、何か用事があったようななかったような。
すると、教室の入口から男連中が大きな声を出した。
(仁科~、姫のお呼びだし~)
ツインテールの先と膝丈のスカートが入口から見え隠れしていた。
1年の山口弓。最近、付き合って欲しいと告白されたばかりだ。
3年の教室に来るために、腰で折りあげていたのを降ろしてきたのか、いつもよりスカート丈が長い。
途端に俺に絡みついていた舞花の機嫌が悪くなる。
(ユキ、あんなのと付き合うの)
周りの連中は由悠季の後半を取って、ユキ、と呼ぶ。
(付き合う?)
(告白されたんでしょ)
(ああ、そーいやそーだったな)
(あんたマジいい加減すぎ・・・つか、あんなガキやめときなよ)
たかだか2年の違いでガキ扱い。俺にはその差がよくわからない。
俺は立ち上がって、肩に絡みつく舞花の腕を外した。
(ユキ!)
(呼んでるから)
どっちの女がいいか、と言われると、どっちでもない。
とりあえず呼んでいるから行く。それだけだった。
結果、用事があるような気がしていたのはこれだった。今日は山口から、帰りに一緒に新しく出来たスイーツの店に行きたい、と言われていた。
彼女の見た目は可愛く華奢で、3年の中でも気にしている輩は多かった。俺としては、好きだ、付き合ってくれと言われて初めて、彼女を認識した程度だった。
(仁科先輩、今日・・・)
上目遣いで山口は言った。
(ああ、あれか、なんか食いに行くんだっけな)
(放課後、校門の前で待ち合わせでいいですか)
(・・・放課後ね。わかった)
俺の背後では、外野がうるさい。弓ちゃーん、と手を振る男連中に、彼女は笑顔で会釈する。その様子を見ている女子が、ものすごい形相で山口を睨んでいるのが想像できた。
その日の放課後の記憶はあやふやだ。
授業が終わって教室を出た時に、すれ違ったのは昼休みに後輩をいびっていた連中のうちの2人だった。
げらげら笑いながらどこかに向かっていた。
廊下中に響き渡るでかい声のおかげで、今日これから、新しく誰がターゲットになっているのかを知ることが出来た。
その名前を耳にして、俺は足を止めた。そして、校門ではなく、奴らのたまり場になっていて誰も寄りつかない校舎裏に向かった。
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