2. 鮨

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「大将、俺コハダね。あと玉子。葉山、次は?」 「中トロください」 「お前さっきからトロばっか食ってね?」 「え?おごりですよね?」 カウンターの向こうで大将が笑った。 やっと葉山の口調から遠慮が無くなった。作り笑顔も剥がれ落ち、もくもくと鮨をほおばる。 やたらビールがすすむ。いつもより酔いが回るのが早い気がする。 葉山も飲んでいるが、見かけに寄らず酒に強いのか、顔色が変わらない。 「葉山はさあ、何で帰ってこようって思ったんだ?」 また口が勝手に喋りだした。デリケートなことだったらどうするんだよ、俺。 「何でって・・・単に、リストラですよ」 葉山は唇の端だけを無理矢理つり上げて笑顔を作った。ほら見たことか。俺の口、少し黙ってろ。 「・・・マジで?こっちじゃ東京出たのお前ぐらいだから、てっきりエリートだと思ってたよ」 これは本心。 「どうでしょうね・・・頑張ってはきましたけど」 「・・・まあ、時代だよな。俺のまわりにも多いよ」 「仁科先輩は、ずっとこの仕事なんですか」 葉山の視線が俺の顔と首のあたりを行き来する。それに気づかない振りで俺は答えた。 「跡取り息子だもん」 「えっ」 「長男なんだよね、これでも」 少しの間俺を見つめていた葉山は、ビールのグラスに視線を落とした。ひとくち飲んでから、テーブルカウンターの木目を睨んで言った。 「先輩、お子さんは?」 「・・・ああ、・・・」 隠していても仕方ないし、隠す理由もない。それでもまあ、大きな声で言うことでもない。 俺はグラスの底の残りを飲み干して、葉山の耳元に顔を近づけた。 「俺さ・・・種なしなの。無精子症っての?あれ」 「えっ」 「結婚してから分かってさ・・・そんなことってあるかなあって、そのときは落ち込んだけど」 「・・・すんません」 葉山は青い顔をしていた。そりゃあそうなるわな。 「いや、もう分かって何年も経ってるから大丈夫。俺の方こそ、無神経に仕事のこと聞いて悪かったな」 「俺は・・・今この町で働けてるんで大丈夫っす」 「じゃあ、おあいこってことで。気にすんの、なしな」 俺が笑うと、つられて葉山も笑ったが、左側の顔の筋肉がひきつっている。 きっと頭の中ではまずいことを聞いてしまったとか、本当は怒っているんじゃないかとか、ありとあらゆる考えがぐるぐる回っているのだろう。 そして俺の口はまた、余計なおしゃべりを始める。 「・・・それに、自業自得だから」 葉山は俺を横目で見たが、何も言わなかった。 俺もそれ以上の説明は避けた。 そう、自業自得以外のなんでもない。
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