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瞬間、背中が凍り付いた。
そうしている間にも先生の手はしっかりとそこを掴み、同時に上半身が密着してくる。
腰を引いても、体の向きを変えても無駄だった。執拗に絡みついてくる指の動きが、ひどくいかがわしい。
「僕にも妻がいる・・・これはお互い、誰にも言わないでおこう」
「・・・・・・っやめましょう、先生」
「・・・それは本心か?」
怯んだ隙に、唇を奪われる。煙草の匂いと、首筋から香るコロンにむせかえりそうになる。
不本意にもぞくぞくしてしまい、慌てて先生の肩を押し返す。信じられないことだが、うまく声を出せなかった。
「嫌なら僕を殴って逃げ出せばいい」
そう出来ないことを知っていて先生は俺の首筋に舌を這わせた。そんなことをしたら、この小さな町では大変な騒動になる。
「由悠季くん・・・好きだ・・・」
低くよく通る声がこのときばかりは逆効果だった。直接脳に響いて体の力が抜ける。
それは先生の威力なのか、それとも俺の中の本性のせいなのか。
「昔から、体は正直だとよく言ったものだ。僕が言うと、信憑性があるだろう?ほら・・・」
先生の手に握られた俺の性器が反応を示し始めた。抵抗できない。
「教えてあげよう。女性にされるよりずっと気持ちいいはずだ」
「・・・ぅあ・・・っ・・・」
いつのまにかベルトを緩められ、ファスナーを降ろされている。下着を通り越して直に侵入してくる手に下半身がびくついた。
「やめ・・・っ・・・」
膝がわななく。
封印していた記憶の蓋が開いた。
中学2年の終わり頃。
姉の家庭教師だった大学生の男が、ある日俺の部屋に入ってきた。
背が高く爽やかな、バスケの上手い好青年だった。
最初は他愛のない話だった。好きなスポーツ、好きな漫画、芸能人のこと。
そのうちに、男同士にありがちな性への興味について彼は、俺が知らないことをいくつも教えてくれるようになった。
俺は彼女が出来たばかりだった。まだキスぐらいしかしていない時期で、大学生は最初、どうしたら次のステップに進めるかを教えてくれた。俺は純粋に、彼との会話を楽しんでいた。大人とは何でも知っているんだと、彼の教えてくれること全てに夢中になった。
しかし、たまたま母親がいない日、彼は豹変した。
(教えてやるよ。女の子に触られるより、男同士のほうがどこが気持ちいいか分かるからな)
奇しくも、森岡先生と同じことを彼は言った。
そして、それは本当だった。
彼の手に導かれ果てた俺は、自分の中の「ゲイである」という可能性をその日初めて目の当たりにした。
その後高校に入学した俺は髪を金色に染め、ことあるごとに素行の悪い奴に突っかかっていくようになった。三日に一回は誰かと喧嘩をしていた。彼女を作っても、言い寄ってくる女子生徒とは片っ端から寝た。「A高の仁科」のベースが出来上がったのはその頃だ。
そうでもしなければ、立っていられなかった。
自分の隠された部分を認めることなど、当時の俺には無理だったのだ。
「・・・ぁ・・・っく・・・ぅうっ・・・」
抑えきれない声を自分で聞きながら、俺は後ろめたい快感に全身を苛まれた。
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