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自宅は港区に移した。古びたアパートの2階から、タワーマンションの最上階。部屋は倍以上の広さになっている。うんざりするほど長いエレベーターに揺られ、34階に辿り着く。光沢が塗られたような銀色の扉が開くと、真っ赤な絨毯が敷かれた外廊下が左右に伸びている。俺は歩き慣れた右手へと進み、中間で立ち止まった。ドアノブの上に嵌め込まれた電卓に数字を打ち込むと鍵の開く音が鳴る。背後では都会の夜景が広がっていた。 大理石が敷かれた玄関で靴を脱ぎ、廊下を真っ直ぐ進む。扉を開けると17帖のリビングに出る。普段は使用しないアイランドキッチンは真っ白な大理石で出来ており、部屋の真ん中には白い革のソファーがL字型に置かれ、その前には大型の液晶テレビがあった。 イベント用のサイン本を書いた疲れからか、俺はソファーに飛び込んでガラステーブルの上からリモコンをとった。 パッとついた大きな液晶画面には夜9時を知らせる数分間の報道番組が流れていた。厚化粧のアナウンサーは神妙な面持ちでカメラを睨みつける。 『本日未明、埼玉県春日部市在住の会社員、桐山朝日さん35歳が自宅近くの公衆トイレで遺体となって発見されました。警察は事件性はないと見て自殺の線で捜査を続けています。』 カメラは埼玉県の住宅街を映し出す。薄暗い一軒家がパトランプに照らされていた。 物騒な事件だな、そう呟くとリビングにインターホンの音が鳴り響いた。ゆっくりとソファーの上から這い出て壁に嵌め込まれたモニターを睨みつける。 マンションの玄関にあるモニターの前で、三浦咲耶が立っていた。俺は慌てて声を低くしてボタンを押す。 「おう、咲耶か。入っていいよ。」 「ありがとう。」 もう一つのボタンを押して彼女を迎え入れる。俺は慌ててモニターの前から離れると、リビングの隣にある寝室へ向かった。壁のような飴色のクローゼットからサテン生地の寝間着に着替える。準備が整ったところで再びインターホンが鳴った。 「はいはい。」 リビングを抜けて玄関に立ち、扉を開けてやる。三浦は艶やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。 パッチリとした目に長い鼻筋、ぷっくりとした唇は苺を垂らしたように赤く照っている。薄いピンク色のカットソーは豊満な乳房で隆起しており、白いスカートの中に仕舞われているせいで余計に強調されて見えた。横に広がるスカートは膝上まで伸びており、すらりとした長い足が地面を突き刺している。細いふくらはぎの隙間からは廊下の赤い絨毯が見えた。去年の秋頃にテレビ局で出会った読者モデルの彼女とは、長い間密接な関係を続けていた。 「どうぞ、上がって。」 お邪魔しますと言って玄関でハイヒールを脱ぐ彼女から、甘い香水の匂いがした。廊下を抜けていく三浦の後ろ姿はひどく淫靡に大きな尻を左右に振っているように見えてしまい、俺は思わず下腹部に熱を宿した。 「今日も撮影で疲れちゃった。昇太は取材?」 「いいや、イベント用のサイン本書いてたよ。もう缶詰め状態でさ。」 そうなんだ、と言って三浦は小ぶりな白い鞄をソファーの上に置く。わざと赤茶色の髪を耳にかけてこちらを見ると、唇の端を吊り上げた。 「じゃあ、今日はしない?」 来月で彼女と出会って1年が経つものの、未だにこの視線には慣れなかった。まるでダイナマイトの導火線に火をつけたように、俺は慌てて三浦を力強く抱き寄せた。豊満な乳房が胸元で潰れる。全身が神経になったような感覚になって、俺は堪らず彼女の唇を奪った。 お互いそれだけで収まるはずもなかった。粘液を含んだようにぷるんとした唇を割って、彼女の舌先が口内に滑り込む。顔の周辺で唾液の混じり合う音が鳴り響いていた。 数十秒間熱い口づけを交わす。息を取り戻したように顔を離すと、三浦はとろんと溶けるような目で俺を見た。 「撮影の時から、ずっと昇太に抱かれたかったんだ。ベッドいこ?」 そう言って俺の手を引き、三浦が先頭になって寝室に入る。俺は倒れ込む勢いで三浦を白いダブルベッドに押し倒すと、ピンク色のカットソーを捲り上げた。制限できない乳房は赤い花柄のブラジャーと共に、勢いよく溢れ出す。それを上から乱暴に掴んで、解すように揉みしだく。硬い感触に触れる度に三浦は切ない声を漏らしていた。 体をよじって彼女の右手に身を置く。スカートを翻してやると真っ白なショーツが柔らかな腰回りに張り付いていた。クロッチの部分を上から摩ってやる。中指の腹に湿るような感触があった。 「もう濡れてるの。」 そう言うと三浦は細長い指で顔を覆った。照れているのだろう。時折声を漏らしながら彼女は頷いた。 そのままショーツを剥いでしまおう。下腹部で高熱を持つ鉄のような肉棒を押し込んでやろう、それを行動に起こそうとしたところで三浦は言った。 「ねえ、扉。閉めて。」 その時にようやく思い出した。三浦は明るい場所での行為が得意ではなかったのだ。背後からリビングの明かりが線のように、仰向けになる三浦を照らしている。 分かったとだけ告げて最後にもう一度ショーツを撫でる。ひゃんっ、と情けない声を漏らす三浦を見て、思わず笑ってしまった。 ベッドから降り、リビングへ続く扉の前に立つ。ドアノブに手をかけようとした時、俺は妙な音を聞いた。 ずるずる、ずるっ、ずず、 排水溝から聞くような音だった。何かの束が細い管を、勢いよく通っていくような音。その正体は分からぬままドアノブを掴み、扉を手前に引き寄せた。その時だった。 微かな扉の隙間から大量の長い髪の毛が滑り込み、俺の手首に突如巻きついた。 「うわあ!」 思わず扉から離れて、尻餅をついてしまう。あの音は髪の束が地面を這う音だったのだろうか。しかしそうなると誰かが髪を持っているのではなく、髪の毛だけが動いているということではないか。だとすると扉の向こうに”それ”はいるのか。 「何、どうしたの?虫でもいた?」 背後から三浦の声を聞き、ようやく我に帰る。俺は立ち上がって勢いよく扉を開けた。 明るいリビングに”それ”はいなかった。テレビ画面には刑事役を演じる著名な俳優が映し出されている。 「昇太、大丈夫?」 「いや…。うん、大丈夫。」 疲れているのだろう。そう言い聞かせた俺はすぐに扉を閉めた。寝室は窓から差し込むビルの明かりで青白くなる。俺は先程見た妙な物を振り払うかのようにベッドに飛び込み、三浦のショーツを剥がした。熟れる果実の断面のような股からは蒸れたような匂いがする。いつの間にか硬度と熱を失っていた肉棒は、下半身から香る海の匂いですっかり元気を取り戻していた。
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