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読み切りを担当する漫画家が突如大病を患ったため、完成したばかりの新作ホラー漫画が、週刊誌の表紙を飾ることになった。俺と三浦をモデルに、様々な怪奇現象に見舞われながらも2人で乗り越えていくという内容だった。 評判は上々だった。宙翔待望の新作と銘打って全国に展開した新作の『黒と白の女達』は瞬く間にSNSでトレンドを掻っ攫っていった。読者アンケートでは全年齢から1位を獲得していた。 さらにデビュー作である『首吊りの家』の実写映画化が決定した。著名な俳優陣に賞を総なめした映画監督を迎え、来冬には撮影に入るらしい。 俺の人気は鰻登りだった。 その日も立て続けに取材が重なっていた俺は、関係者やマネージャーと共に会食を楽しんでいた。西麻布の個室バーで夜10時過ぎまで飲み、すっかりアルコールが体中に回っている。俺を含めた6人は店から出て夜道を横並びに歩いていた。 1日の終わりが近付いても、辺りの街並みは一切眠ろうとしない。それどころか景色は昼間よりも燦々と輝き、人の欲を喰らう大きな口のように思えた。 「じゃあ、また来週の打ち合わせで。」 映画のプロデューサーを担当する楠木は、アルコールで火照った頬に笑みを浮かべながら、路上の真ん中で大袈裟に手を挙げた。それが何故かひどく面白く感じ、皆声をあげて笑った。 「先生、タクシー拾いましょうか。」 隣に立つ藤井は相変わらずスーツ姿だったが、ワイシャツのボタンを少しばかり開けてアルコールを逃していた。一方の俺は黒の無地Tシャツにグレーのハーフパンツ、いつか購入したキャップを被っていた。路上でぐっと体を伸ばして俺は言う。 「いや、歩いて帰るよ。」 自宅までは徒歩圏内だった。近くのコンビニで酒を買って飲み直そうか、俺はのんびりとそう考えていた。 だからこそこちらに駆け寄ってくる男性の存在に、まるで気が付かなかった。 妙に足音が大きく聞こえ、何気なくその方を向く。その時には既に遅かった。見たこともない男性が般若のような表情を浮かべ、勢いよく拳を振り上げる。左頬に熱湯をかけられたような感覚があり、俺は思わず路上に倒れ込んでしまった。 「何してるんですか!」 最初に声を荒げたのは藤井だった。先程まで飲んでいた関係者も慌ててこちらに駆け寄る。俺はプロデューサーに肩を抱えられ、ゆっくりと上体を起こした。 白いワイシャツにグレーのスラックス、無造作に後ろへ流した髪、額は少しばかり広い。男性はまだ拳を強く握りしめ、俺を睨みつけていた。 「おい、お前だな。」 低い声で男性はそう言う。俺はこの男と面識はまるでなかった。すっかりアルコールは飛んでしまい、別の熱が顔の周りで心臓のように主張している。 「お前のせいなんだな、お前のせいなんだろ!許さねぇぞ!」 そう叫んで男は再び詰め寄った。すぐ関係者に止められて体を拘束されたものの、俺は男性の迫真の表情に気圧されていた。確実に自分を殺そうとする、どこか追い詰められたような表情。俺はコンクリートの上で力無く男性を眺めていた。 パトカーのサイレンが聞こえてようやく俺は立ち上がった。左頬の痛みはまだ激しく主張していた。
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