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「それじゃ、一切面識はないんですね?」
麻布警察署の取調室はひどく無機質で、グレーの狭い部屋はとても冷えていた。グレーのテーブルの向こうで金井謙一と名乗る刑事は言う。
「全く知らないです、いきなり殴りかかってきて…。」
まだ左頬の痛みは残っていた。それを摩っていると金井は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「いや、実はね。あの男性。田代優さん、あなたのせいで殺されるって言ってるんですよ。何に殺されるのかも話してくれないんですけど。何か心当たりはあります?」
「いや…もう本当に、まるで意味が分かりません。」
なるほど、と言って金井は唸った。
「まぁ、一応日高さんも怪我していますし。傷害罪かなぁ。」
「あ、あの。示談にならないんでしょうか。」
なるべく厄介事は避けたかった。しかし金井は身を乗り出して呟く。
「いやね、田代さんがもし酒に酔っていて、正気じゃなかったなら目を覚ましてもらって、示談にする。そういう流れになるんですけど。でも田代さんは正常なんですよ。決して酩酊状態でも、そういった危ない薬物を服用しているわけでもない。だからこそ今示談にしてしまうと、また日高さんの身に危険が及んでしまいます。」
俺は思わずため息をついてしまった。それを察するかのように彼は言う。
「まぁ日高さんは特殊な職業ですから。ご自宅の周りのパトロールを強化しますし、なるべくお互い迷惑がかからないような形で進めていきますから。」
「はぁ、ありがとうございます…。」
簡単に問答は終わり、俺はようやく麻布警察署を後にした。1時間前までは徒歩で帰宅しようと考えていたが、田代の強迫的な表情を見て少しばかり身の危険を感じてしまい、思わず警察署の前でタクシーを止めてしまった。
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