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仕事に集中できなくなった。 1ページも絵が進まず、Gペンを握りしめては日が暮れていく。頭の中で浮かび上がる泡のようなネタは、一向に形にならないまま弾けて消え、頭の中が空っぽになったような感覚に陥った。 『黒と白の女達』は特別連載という形になり、週刊雑誌の中で特殊な枠組みに入った。雄散社の粋な計らいで筆が進むまでは、という理由から実質の休載となった。 そんな自分を嘲笑うかのように、奇妙な現象が立て続けに起こり始めた。 何も手に付かないまま、湯船から上がった俺は髪を乾かしてソファーに体を沈ませていた。目の前で液晶テレビは恋愛ドラマを映している。ぼんやりと眺めながらタバコを燻らせ、視線と画面の間に漂う虚空を眺めていた。 役者の声が部屋の中に虚しく響く。怒っているのか、悲しんでいるのか。それすらも分からない。ただ声だけが響いている。ひどく物悲しい空間の中で、俺はあれを聞いた。 にゃあお、にゃあお 子猫の鳴き声は遠くから聞こえる。それは決して自宅周辺、隣家から聞こえるものではない。 この家の中から聞こえているのだ。 当然のことながら猫は飼っていない。今まで動物とは無縁の生活を送ってきた。それでもこの鳴き声は猫であることは分かるし、家の中から聞こえるということがどれだけ奇妙なことかも分かっていた。 にゃあお、にゃあお、にゃあお 壁の向こうから親に縋るような声、俺は苛立ちを抑えてため息をつき、灰皿の上にタバコを擦り付けてから立ち上がった。テレビは消さなかった。他の生活音が無いと不安だったからだ。 そのままベッドに潜り込む。もうベッドの下を見ないように、全身を掛け布団の中に収めた。殻に篭るようにして目を瞑る。 どこからともなく猫の鳴き声が聞こえ始めてから、既に3日が経過していた。 ただ遠くから、それでいて家の中から聞こえる。どの部屋を探しても野良猫が迷い込んでいるなどなく、いくら探しても鳴き声が近くなることもなかった。 瞼の裏を眺めながら、ゆっくりと時間が流れていく。 にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、 どこかから聞こえる猫の鳴き声、壁時計が秒針を刻む音、不安定な音ばかりが布団を貫いて鼓膜に届く。しかしこの時間は耐えてしまえばいい話だった。 にゃあお、にゃあお 徐々に鳴き声は消えていく。 にゃあお 壁時計は夜を刻む。 にゃあお ほっと胸を撫で下ろし、俺は顔まで覆った掛け布団を剥ごうとした。その時に俺は気が付いた。 テレビの音が消えていたのだ。 にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお、にゃあお 慌てて体を丸める。両耳を塞いで息を潜める。気付けば全身が震えていた。 鳴き声だけで猫は数十匹いると把握できる。さらに家の中、部屋のどこかから聞こえているわけではない。 俺の顔の周りで、数十匹の猫が鳴いているのだ。 気配、猫の匂い、それすらもない。ただ数十匹の鳴き声だけが響き渡っている。ベッドの上で鳴いている。まるで俺の体を取り囲むようにして鳴いている。何かを訴えるように鳴いている。 いつもは時間が経過していくと消える鳴き声だったが、今夜の鳴き声はそのまま朝まで鳴り響いていた。本当に猫がいるかもしれないと確かめることはしなかった。
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