ドッペルゲンガー派遣事務所

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 依頼主は、ある地方の市議会の議長でした(ですから、ちょっとした出張案件です)。  ある議員を、消し去ってもらいたいとのこと。    最近の地方議会に困ったお年寄り議員がしばしばいることは、最近のネットニュースなんかでご周知のことかもしれませんが、その最たる例のような人物がその時のターゲットだったのです。    つまり、地元の産業の利権をかさにきて、自分の得になるようなことばかりに腐心する、ある意味典型的なタチの悪い地方議員です。  そこまでなら皆、ある程度我慢していたのですが、最近は年のせいで頭に若干の支障がでてきているのか、だれかれ構わず横柄な態度をとる、どなる、議会中はたえず大きなヤジをとばす、そして最近はなんと市役所に金属バットまで持って来てウロウロしだすというのです(注意されると「健康のために素振りするんじゃ」というのだとか)。  そしてその人ににらまれたが最後、執拗に追い回されるというのですから、たまったものではないですね。  依頼主は、議会中にヤジをいさめたことを逆恨みされ、追い回されているということでした。  私はその町に着くと、依頼主から送られた写真を頼りに、早速ターゲットを探します。  そして彼を見つけると、私の大切な商売道具―ドッペルゲンガーを生み出す鏡―を取り出し、それにその男の姿を映します。  すると次の瞬間、私の体、服装、そして内面も、一瞬でその男の分身そのものに変身するのです。そう、これが悪魔と契約して手に入れた、私の魔法の力。  低い身長にがっしりした体格も、オールバックになでつけられた髪も、目つきの悪い人相も、そして暴力的な心のうちも、いまや彼と瓜二つです。  もうお分かりのとおり、なにを隠そう、当事務所が派遣するドッペルゲンガーはすべて、私自身がターゲットに変身した姿なのです。  私はしばらく彼を尾行したのち、彼が人気のない道に通りかかるのを待ってから、突然彼の目の前に姿を表します。 「なんじゃお前」  彼は私に、いきなり強く言い放ちます。 「道をふさぐな、ボケ」  自分そっくりな人間があらわれたことにびっくりするよりも、道をふさがれたことへの怒りをまず彼は表します。なんといいますか、実に動物的ですね。  こちらはというとドッペルゲンガーですから、全く同じ行動をとります。 「なんじゃお前、道をふさぐな、ボケ」  オウム返しにされ、彼の怒りは増すばかり。 「なめとんのかこら、カス、しばくぞ」  何を言われても、こちらは同じことを繰り返すだけです。 「なめとんのかこら、カス、しばくぞ」  業を煮やした彼は、その日も持ち歩いていた金属バットをケースから取り出し、振り上げました。  その瞬間から後のことは、くわしくは申し上げません。ただお伝えできるのは、翌朝、鈍器のようなもので撲殺された彼の死体がその場所で発見されたとのことです。  その後、状況を合理的に説明できる証拠もみつからず、警察もやがて捜査をあきらめたとのことでした。  この一件のあと、私は依頼人の市議長を訪ねました。約束の(結構な額の)報酬を受け取るためです。その道すがら、例の市議の葬儀が行われていましたので、少し様子をのぞいてみました。  皆さん、神妙にうつむき加減でしたが、口元の小さな笑みを抑えることができないようでした。 - 4 –  当事務所の仕事は、自分で考えてみてもとても不思議なものです。  私としてはターゲットに、自分自身と対面させているだけ。たったそれだけなのに、大きな不幸が結果として降りかかるというのは、結局そのターゲット自身に大きな問題があったということなのでしょう。  つまり、悪対悪。  周りから、社会から忌み嫌われる存在が、正面から相対してしまうのです。  衝突が起きないはずがありません。  その者がもつ攻撃性、暴力性が、そのまま自分に返ってくるのです。  そしてその力が大きければ大きいほど、自分へのダメージも大きく、やがては死にいたる。  逆にいえば、ドッペルゲンガーと出会って死んでしまう人というのは、そもそもそれだけ悪い存在だったのだと言えるでしょう。  私はこうしてドッペルゲンガーと鉢合わせさせることで、大変世の中の役に立ってきました。  暴力に物をいわせる輩、キレる中年、騒音おばさん……  世の中にいる「困った人」たちは、私のドッペルゲンガーと直面し、最悪の場合死にいたります。あるいは結果として大きな精神的なダメージを負い、うつ病などになっていきます。少なくとも皆、人が変わったようにおとなしくなるのです。  こうして依頼者が満足するだけでなく、社会にとっても私の仕事は幸せに貢献しているのだろうと私は誇りに思うことすらままあるのです。
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