ドッペルゲンガー派遣事務所

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- 5 –  程度の違いこそあれ、客観的に自分自身と対面するというのは、多くの人にとってもしかしたら心地よい体験ではないかもしれません。  ほら、例えば、写真にうつっている自分を見たときに「あれ、自分の顔ってこんなにブサイクだったかな」と少しショックを受けるときがありませんか?  それはとりもなおさず、自分を正しく客観視できていないことからくるギャップなのかもしれません。    そんなささやかな例とはくらべものになりませんが、当事務所のターゲットにも、それと共通した要素があります。  それは、自分を客観視できていないこと。自分がおさまるべき枠が、理解できていないことです。    そんな案件の例を一つ、お話しさせてください。  依頼者は、若い、とても美しい女性でした。ストーカーまがいの被害に悩んでいるとのことで、何度もしょうこりもなく言い寄って来る男を消し去ってほしいとのことでした。  さっそく作業にかかり、その問題の男性を実際に見てみると、まあまあモテないというほどの男ではないのでしょうが、依頼人の美しさとはあまり釣り合っているとは言えません。  私はその男のドッペルゲンガーに変身し、その男がこっそりと見つめる前で、彼女に求愛し、そして彼が書くような愛のポエムを読み上げました。  そして彼はあまりの恥ずかしさにその場から立ち去り、その後彼女への連絡もなくなったとのことです。  あこがれの、最愛の女性に言い寄る自分自身の姿をながめることは、彼にとってはそれはそれは不思議な体験だったとは思います。  しかしその不思議さ以上に、彼が彼女に対して行っている行動を第三者の視点から見たことが、彼にとっては大きなショックだったのでしょう。冷静にみて、自分があそこまで彼女にふさわしくないとは、思っていなかったのだと思います。 - 6 –  このストーカー男の件と似たような依頼が、舞い込んできました。    東新宿の私の事務所に、一人の劇団員の女性がやってきたのです。  同じ劇団に、才能もないくせに調子にのっている役者がいるので、消し去ってほしいとのこと。  私は早速依頼者とともに、東京郊外にあるその劇団の練習所に向かいました。  窓の外からこっそりと、練習所の中を覗きます。 「あの女です、調子にのってるの」依頼者が私に耳打ちします。  その女性は、鏡の前でひとり、稽古に打ち込んでいる様子でした。  とにかく一生懸命練習していることは、よくわかります。 「見てほら、へたくそでしょう……見てられないわ」  依頼者にそういわれてみると、たしかに動きに不器用なところは少なからずあるようです。 「なんであんな女に良い役がもらえて、あたしにはもらえないの……」  すると突然、練習所のなかに鋭い男性の声がひびきます。稽古中の女性に対する、ゲキのようでした。きっとコーチだか、監督なのでしょう。  その男性は女性に近寄ると、今しがたの稽古風景を撮影したのであろうビデオカメラの画面を見せながら、なにやら厳しく指導をはじめます。  そしてその女性はうつむきがちになり、表情はもう今にも涙をこぼさんばかりです。 「ほら、才能ないんだから……コーチの手間ばっかりかけさせて」  そんな依頼者の横顔を見やりながら、私は告げます。 「わかりました、ではさっそくドッペルゲンガーに出会わせましょう」  依頼者は満足げにこちらを見ます。すると私は突然、例の魔法の鏡を依頼者にむけ、彼女そっくりに変身しました。 「ちょっと違うでしょ、なんであたしなのよ……ターゲットはあっちよ」  かまわず私は依頼者に、自分自身そのものの顔をゆっくりと正面から近づけます。    その時、私は少し意地悪をしました。  依頼者そっくりの顔は、最初は普通の顔だったのですが、それが次第にシワだらけになり、白髪だらけになったとおもったら、皮がはげ、肉が溶けて、見るも無残な腐乱死体のそれに変わったのです。  叫び声をあげ、依頼者は走り去っていきました。 - 7 –  私は改めて、稽古にはげむ女性を窓の外から眺めます。    気づくと、私の横に気配を感じました。  ドッペルゲンガーを生み出す魔力を得る契約をした、メフィストフェレスという名の悪魔です。 「どうした、あの娘が気になるのかい」 「まあ、少し……そんなところですね」    その時、練習所の例の女性の姿が急にぼやけてきました。    そして、それがだんだんと再び鮮明さを取り戻した時……例の女性だったはずの姿が、なんと20歳のころの、若者のころの私自身の姿になりかわっていたのです。  当然、これは悪魔が私にちょっとしたいたずらを仕掛けてきたのでした。  私が見つめる前で、若き日の自分は汗をかきながら、懸命に稽古に励んでいます。 「彼女を見て、昔を思い出したんだろう」  そう、私にも彼女のような時期がありました。情熱と希望にあふれた、若い時期が。  しかしある時、私は決断したのです。自分の才能に、自分自身で見切りをつけることを。そしてそうやって、「大人になる」ということを。それが自分にとっても、周りにとっても良いことだと信じたのです。 「お前は変わったやつだよ」悪魔は続けます。 「普通、悪魔と契約するっていったら……人間の枠をとびこえた力を手に入れるためにするものなのに」    悪魔の視線を横顔に感じながら、私は練習所の中を見つめ続けます。 「お前ときたら逆に、人間をあるべき枠にはめこむために魔力を使ってるんだもんな。もっとも、それに入りきらないやつは死ぬんだけど」  私は、自分の頬を一筋の涙が伝うのを感じました。  自分自身を客観視する。これは確かに大事なことです。  しかし外から見た自分自身の姿というのは、時期が違えばまったく違うように映るものだということに、当時の私は気づかないでいたのでした。    気が付くと、悪魔はいつのまにか私の隣から立ち去っていました。    夕闇がもうせまってきていました。私はゆっくりと練習所をあとにし、暮れなずむ街を歩き始めたのでした。    「現実」を乗り越えようとする彼女に、心の中でひっそりとエールを送りながら。 (完)
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