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妹の手首に、火傷のような傷がついていた。横線にひっぱられたそこから膿が吹き出て、透明な液体がぽたぽたと漏れ出ている。茶色いかさぶたの欠片が傷跡から散らばり、ひび割れた肌が横線から広がっている。火星のクレーターを思い出したけれど、あんなのよりももっとおぞましい、火山が噴火して溶岩が流れ出しているようだった。僕は思わず二度見してしまった。どうしてそんなところから溶岩が流れているんだろう、とはさすがに思わなかったけれど、「醜い」とは思った。  手首のそれを見つけたのは、昨日の夜中だった。妹は僕とは違い夜行性だから、夜中にお風呂に入る。夜這いするように、妹はぬるっと布団からぬけだして、タオルを片手に寝ぼけ眼で入りに行った時、なんでか鉄くさい匂いがしたのだ。妹だって女の子だから、月経だろうとそそくさと結論づけた。ただ僕は待てよ、と踏みとどまった。妹の月経はつい一週間前に終わったばかりだ。洗面所の生理用品はここ数日減っていない。それなのに、この血の匂いはなんだろうか。もしかしたら、月経のさなかにもこの匂いは紛れ込んでいたかもしれない。僕はなんて愚かなんだ。こんなに妹は証拠を残していたのに。僕はすみやかにこの鉄くさい匂いを突き止めなければならなかった。もしかしたら寝ている内に頭を打って血を流していたりしたら大変だ。心配になって、仕方なく妹が着替える脱衣場を覗き見る。脱衣所で倒れて救急車を呼ぶんだとしたら、家族以外に裸は見られたくないだろうし、すぐに抱き起こして衣服を着せてやれる。妹が寝間着を脱ぐのを眺めた。手首に何か抱えているのか、左手首だけやけにゆっくり服の裾から抜いていた。そして、それが顔を見せたのだ。大事な身体になんてことを。  僕は無言で阿鼻叫喚する。なんでそんなむごいことをできるのだろうか。かさぶたを何回も剥がした跡がうかがえる手首の傷は、見ているだけで痛々しかった。男の僕ならまだしも、女の妹がそれをやることが許せなかった。妹はまだ僕よりも年下で、一人立ちするにはまだまだの、家の箱入り娘なんだ。あんなにかわいがってくれている両親がいるのに。あまりのショックに脱衣所の小さく開けた扉をそのままに布団に潜った。  僕の家は小さくて、薄い戸の向こうで寝ている両親が丸見えだった。隣の部屋の隙間からお母さんの背中が見えていて、ぐー、と喉を押しつぶしたようなお父さんのいびきが聞こえていた小さな寝息の中で妹がシャワーを浴びる音が響きわたる。ぴしゃ、ぴしゃ、と湯が床に当たる音がする。ぴしゃ、もしかしたら妹は何か悩んでいるんじゃないか。ぴしゃ、妹はあれをするにもきっと理由があるはずだ。ぴしゃ、僕に何かできないだろうか。いつもの妹のシャワーの音なのに、床に当たるたびに手首をひっかいているようで痒い。僕が妹にあんなことさせないよう、元気づけてあげたい。シャワーの蛇口がひねられて音が途絶えた。僕は何ができるだろうか。ぴちゃ、と妹の足が床につく音がした。たん、と髪をタオルで挟み叩く音がした。水分をぬぐっている。妹の甘ったるいシャンプーの匂いが漂う。僕はこの匂いが苦手だ。その後すぐに妹が布団に戻る姿を暗闇の中に見つける。白い肌が布団の中に入り込む。僕は目を大きく開けていた。 「お兄ちゃん、起きてるでしょ」  何も言わずに、体を仰向けて、天井を一心不乱に探した。築何年か分からないぐらいぼろいアパートだ。なぜかお父さんもお母さんもここを気に入っていて、離れようとしない。僕も、いつからか分からないが住み心地がよくなり、一人暮らしという選択肢をとらずにいた。妹だけはお風呂が小さいと文句をいい、誰もが寝静まった後にお風呂に入る。 「気のせい」妹がつぶやくと寝息がひとつ増えた。小さい息が吸ったり吐いたりしている。  僕の鼻に鉄くさい匂いが突き刺していた。
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