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 映画が終わると、僕たちは意気投合して、どこかのカフェで話しあいたいと、言い合った。妹にしては本当に珍しかった。口を開けば、反抗期特有の突っぱねた言葉が返ってきたし、感謝もしないのに、このときばかりは、妹の高揚感が伝わってきた。こんな素直な妹は一生見れないかもしれない。妹の機嫌が変わらないうちに、僕は近くのカフェに入った。 「コーヒーで」と僕が注文すると、妹は「カフェオレ」と短く注文した。それは、他人に対する態度ではないから、癪に障ったが、今ばかりは小言を言うのをやめておいた。 「映画よかったよな」  僕が言うと、妹が元気よく頭を縦にふった。この反応にかわいらしさを覚える。僕と同じで妹も容姿は悪くない。それこそ、クラスの人気者になるくらいのことはしてのけられる。兄というものは、妹が喜んでいると、可愛いと思ってしまう生き物なのだ。 「特にどんでん返しがあった最後とか、あー、そこでつながるのかーってなってびっくりした」 「そうだね、伏線を最初にはってたから」 「そうなんだよな。途中まではつまんなくてさ、寝そうになったんだよ。とんでもなく長かった」 「そう、かな。私は別に。いろんな知識があって面白かったけど」 「僕は、そうじゃなくてさ。知識わかんないからな。そこんところはもっと巻きでいけたんじゃないかなあって思うんだ」  妹の瞳がなぜか陰る。 「あそこは必要なんだけど」 「いや、僕は必要ないと思うんだ。ミステリは中だるみするからいけないね。今回の作品も結構中だるみはげしかったし。僕は、バディをもっと売り出してほしかった。キャラも薄いなってなったし。でも最後のどんでん返しで、ぐっときたね。あそこないと、つらいかもしれない」 「そう、だね。確かにそうかもね」  僕は脳内に駆け巡る、物語の修正点を話したかった。あそこはああしたほうがいい、とか、でもあそこは良かったとか、僕がどう感じたかを聞いてほしくなった。僕の言葉を早くだしたくてたまらなかった。良い映画に出会って良かったと共有したい。妹も気に入っていたし、話もあうだろう。僕は、こうなんだ、と言うたびに妹がそうだね、と返してくる心地よさに、僕は深掘りされる自分が見いだされて、気持ちよかった。途端、妹はどうなっただろうか、と気になりだした。 「お前は、どうだった」 「良い映画だったんじゃないかな」  妹が口を開く前に、僕はそうなんだ良い映画だったよな、とすかさず答えた。妹と最高の映画を見れて幸せだった。良かった、と話すことに、また熱が湧き上がった。 「また、一緒に見に行こう。来月あれあるだろう。お前が持っている本で映画化されるやつ。僕が奢るからさ、見に行こう」  カフェから出るときそういうと、妹が立ち止まった。一瞬固まって、うんと機械的に頭を縦に振るのが分かった。  夜更けの帰り道は、僕がいなければ危ない。街頭が灯っていない道もあるし、妹一人だと襲われる可能性だってあった。夜更けの迷路にさまよいこんで、一人で泣いている妹を想像して、おぞましくなる。もしかしたら、妹は人知れず襲われて、脳内で自身が汚れていることを思い知り、身体を傷つけているのかもしれない。それなら、僕に話せないのも分かる。 街頭に群がる蚊が気持ち悪い。夜の風は僕を後押しする。  やはり、妹に直接聞いた方が早いんだ。僕は妹の手首を見て、止まらなくなった。なあ、と手首をつかんで、力強く握った。冷たい妹の肌に、僕の熱が飽和する。 「やっぱり何かあったんだろ。猫の首つりの絵とか、死んじゃえとか、僕は兄として聞かなきゃならないと思うんだ。女性じゃないから聞けないこともあるかもしれない。でも気にしないでいい。僕は絶対誰にもしゃべらない。何があったんだ。この傷、なんなんだ」  妹は、力を込めて引っこ抜いた。 「なんで、私の本棚にある本知ってるの」と妹がつぶやいていた。「なんで、一緒に行かなきゃならないの」妹は僕に向けて話していないのは分かっていた。「なんで、なんで」  妹は言葉を紡ごうとしてしどろもどろになり、手首をつかんだ。 「お兄ちゃんには、わかんないよ」 「わかんないことないよ」  ははは、と乾いた笑いが妹の喉の奥から湧き出る。僕の熱を追い出そうと懸命にもがいていた。前髪をひっつかみ、ハーフアップにした髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回す。その後、瞼を数回閉じて、「もう、傷つきすぎて涙すらでないの」と静かに告白した。瞳は笑っていないのに、頬はひきつり、苦笑いを灯す。 「苦しんでいるのなら、いつでも言えよ」  妹に対してできることなんて、それぐらいだった。傷ついているのなら傍にいるし、妹の告白を待とうと思った。兄貴として当然の勤めだ。
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