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 お父さんは、いつだって優しかった。僕が一人暮らしをしていいとも言ってくれたし、お母さんだって僕の選択を遮ることはしなかった。大学の費用も払ってくれて、ここまで育ててくれた。ネグレクトなんて言葉の欠片も見つからない両親だった。仲良しでほとんど喧嘩もしなかった。何事もいつもたくさん話し合って決めていた。食卓につき、今月のお金の使い方を話し合い、家事の分担を一ヶ月に一度決定していた。それこそ、お母さんが井戸端会議するように、お父さんと歓談をしていたものだ。どこに悪いところがあるのか分からなかった。完璧な両親だった。  以前一度、お父さんとお母さんが喧嘩をしているところを見たことがある。実にしょうもないことだったから、原因は覚えていないが、そのときだって声をあらげもせずに、感情を言葉にのせる前に紙に「あなたはこう思っているのね」「そう」「でも、僕はこう思っているんだよ」と理路整然と感情を整理していた。二人とも顔は鬼のようにしかめっつらだったが、やることは大人として立派に務めていた。僕はそれを見ていたから、大人とはかくあるべしだ。と、しっかりとした像を持てた。  人を殺すニュースが流れてきた際に、お父さんが目を潤ませて言ったことを僕はいまだに覚えている。 「暴力は何にも生まないんだよ」  お父さんの目の潤みに、僕は共感した。 「人の命は地球よりも重いって言葉があるじゃないか。批判もある言葉だけれど、僕はあの言葉が好きだよ。命は尊いものであるし、誰にも害することなんてできないんだ」 「そうね」とお母さんが相づちをいれて、「だから、暴力はいけないことなの」 「ペンは剣より強しってね」とお父さん。 「昔から言葉は暴力よりも強いんだから、私たちは言葉で戦うのよ。暴力を使ったらその時点で負けなんだから」  僕と妹は、ずっとその言葉を夜ごと聞いていた。僕たちの両親のスタンスは、この世界で通用するものだ。だって、裁判においても、先に暴力をふるったものが負けなのだから。意思をぐっと強く持って、僕たちは言葉で相手に立ち向かっていかなければならないのだ。  だから、僕は両親が裏で妹に憎むべき暴力をふるっていたのなら、暴力ではなく言葉で戦うのだ。
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