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 大学の授業中、僕は何度も両親に詰問する想像をしていた。僕がどもると、両親は口で抵抗するとも限らない。嘘で上塗りするなんて上等な手段を使うのなら、暴力の証拠をあてがう必要がある。妹には悪いが、手首を見せるか、暴力をふるわれる瞬間の録音や映像が有効な手段かな。明日ICレコーダーを買おう。妹のためなら、いくら払おうが、かまいやしない。  そう思いながら、帰宅すると、僕の疑念はたちどころに消え去った。わははは、とお母さんの笑い声が食卓に立ちこめていた。お母さんの前には妹がいて、気恥ずかしそうに髪をいじっていた。細く柔らかい妹のセミロングをお母さんが慈しみながら、手でとかす。 「なにしてんの」と僕があっけにとられると、お母さんがゴムをいくつか見せて、「髪をアレンジしてるの」と楽しそうに笑っていた。髪をいじくっている間に面白い噂話を聞いてね、すんごく笑ってしまったわ、とお母さんも口を押さえつつ妹のように気恥ずかしく笑った。恥ずかしそうに目尻を細めるしぐさが妹と似ていた。  その光景を見て、もしかしたらこの裏でお母さんが、妹に暴言を吐いているのかもしれない、と思うと逆に背筋がぴんっとたった。体のうちからぞくぞくとした気配が忍び寄る。 「これからご飯にいくんだけどね、どうせならおめかししたいじゃない」  お母さんが妹の髪をなでる。綺麗な髪ね、強い髪ね、美しい髪ね、とありとあらゆる褒め言葉を投げかける。その最中にはさみで髪を切りはしないかと、僕は注意深く見つめた。妹は表情にださないだけで、本当は嫌がっている可能性だってある。  頭の半分より上にある髪をまとめて、後ろに引っ張る。三つ編みにして、後ろでぎゅっと輪ゴムで止めた。後ろで止めた髪を下ろして、小さな尻尾が作られる。 「ハーフアップのできあがり」  仕上げに、オイルを塗って、一層髪の輝きが増した妹は、僕の目から見ても、おしゃれな今時の女の子だった。目線を下に下げれば、あれがあるのに、表だけ見れば普通で、僕はここ最近気にしていたことがばからしくなった。こんな母親がいて幸せだ。僕は心底幸せだ。一方で、家族に疑念を抱いている僕は、最低だった。 「お兄ちゃんも、今日は良い格好で行きなさい」  母親命令に、僕は背筋を緩めて、うん、と大きく首肯した。
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