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 家族水入らずで、ご飯を食べに行くのは久しぶりだった。といっても、僕ら家族はそこまで裕福でもないので、ご飯を食べに行くとしても近くのファミリーレストランぐらい。今日もそうだけれど、こうして食べに行けるだけで、僕は満足だった。  ファミレスにつくと、僕たちは端っこの席を陣取った。周囲には小さな子どもを連れた家族連れが多く来ていた。お母さんはそれを見て、あなたたちもあんなに小さかったのよ、とふふふと笑いをかみしめる。メニューを席の真ん中で広げて、一人ひとり決めていく。メニューの取り合いにならないように、順番はいつも決まっている。まずはいつも家事をありがとうという労いにお母さん、次にお仕事お疲れ様というお父さん、続いて長男で頑張っているねということで僕、最後に妹。この順番に変動はない。テレビのチャンネルの取り合いも、これで決まっている。  あらかた決まり、ご飯が運ばれてくると、僕たちは「いただきます」を忘れずにして食事を楽しんだ。今日の話題はお母さんが妹の髪をアレンジしたことだった。楽しそうにお母さんが話す横で、お父さんは妹のことを愛おしそうに見つめて、「箱入り娘だもんなあ」とかひとしきり褒めていた。おそらく妹が嫁に行くときにはお父さんも僕も泣くんだろうな、とほんのり思い抱いた。その後、家のアパートの話になった。いつもながら親しみを込めて、噂話をする。  そこで、妹の顔が曇る。言いにくそうに「ね、なんで引っ越さないの」と意を決したように言い出した。  妹の発言に両親も僕も驚き、ご飯を食べる手が止まった。「お風呂は小さいし、ぼろっちいし、お兄ちゃんとは同じ部屋だし、隣の人の物音はたまに聞こえてくるよ」  それは、だって、と僕もそこにのっかった。 「隣の人は優しいじゃない。このあいだおすそわけにって、炒め物もらったの。すごくおいしかったじゃない。いろいろお話も聞いてくれるのよ」とお母さん。 「大家さんは、僕たちが結婚する前からの知り合いで、家賃も格安にしてくれるんだよ。大家さんが困ったら僕が手伝うし、僕が困ったら大家さんが手伝ってくれている。すごく良い関係なんだよ」とお父さん。 「アパートの住人で年に一回、お楽しみ会やったりしてたじゃないか。気が向いたら遊びに行けるし、関係が希薄な現代では珍しいことなんだよ、これって」と僕。  僕ら三人はそろって、「居心地がいいよね」と賛同し合った。その中で妹は浮き彫りになっていく。 「お兄ちゃんはなんで一人暮らししないの」  僕はそれに、なぜかひどく傷ついた。 「前から思っていたけれど、そういうの傷つくよ」なぜ傷ついたかという理由を探し、「どこかへ行ってほしいみたいじゃないか。人にそういう態度しないほうがいいし、そういうこと言わない方が良いよ」  妹はそこで再び手首をつかんだ。綺麗な格好をしているのに不似合いな、深刻そうな顔をしている。下唇を軽く噛み、瞼を閉じる。何かを噛みしめているかのようだった。うん、と一つ頷く。うん、とまた頷く。喉が震えていた。 「どうしたんだ、何かつらいことでもあったのか」と父さんが聞くが、妹は何も言わなかった。すんなりと大人しく黙って、息を吐かないように努めている。  お母さんは「疲れているのよ、学校の付き合いって思ったよりも気を遣うものよ」とフォローをいれて、デザートを勧めていた。 「このあと、私たちは軽くデートしようと思うんだけど、二人はどうする。久しぶりに映画でも見てきたらどう」  お金をだそうとするお母さんに、僕は頭をふり、バイトしてるからいい。二人で楽しんできてよ。僕たちは兄妹で行ってくるよ、と制した。 「伊織はお兄ちゃんだね」  僕はきちんとお兄ちゃんができているし、両親はきちんと親をしている。大切なことをたくさん学べているし、教えてくれる。妹は何に対して不満を持っているのか、手首に傷をつけるほどのものを抱いているのか分からなかった。少なくとも両親の対応で傷ついている様子はなかった。 「なあ、何見る。お前の好きなもの選んで良いよ」と僕が声をかけると、妹は苦しげにうめいて「なんでもいいよ」と返してきた。
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