冷たい風を切って

1/9
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 バドミントンの練習をするとき、体育館の遮光カーテンは閉められている。照明のおかげで十分な光は確保できているが、それでも、どういうわけかすこしだけ薄暗い。  そのせいかは分からないが、おれは今、自分に向かって飛んでくるシャトルを捉えることができなかった。シャトルは気がついた時には床に刺さっていた。  「よっしゃ! サーティーン―エイト」  圭一の声が響いた。部活の練習だから審判なんていない。セルフジャッジだ。 それにしても、一ゲームマッチでこれ以上の点差が開くとキツい。おれはラケットを握り直す。部活の練習の試合でも、それなりのハングリー精神はある。  おれは圭一のサーブに、ラケットを構えた。  バドミントンのサーブは、たいてい緩やかなアンダーサーブだ。下方からシャトルを山なりに打ちこむから、どうやったって速度はそこまで速くはならない。  圭一がサーブを打った。  圭一のサーブだって、速度でみるとそこまで速くない。打ち返せないということは全くない。  だけど、圭一のサーブには隙がない。力の入ったサーブだから、シャトルがブレることなく真っすぐに飛んで行く。ネットのギリギリを越すような軌道で打ちこまれるから、おれは掬い上げるようにしか打つことができない。  そしてその打ち方だと、下手をすると圭一がスマッシュを打つチャンスを与えてしまう。  おれは即座にシャトルを強く打ちあげた。  圭一が後ずさる。たぶんバックラインをぎりぎり越さないくらいのあたりに落ちるだろうから、圭一だってスマッシュでは返せないだろう。  圭一はたぶん、おれのコートの前方に沈めるように打ってくる。  おれはひと足先に前に出る。圭一が前に出てくるよりも先に、ネット際でシャトルを打ち落としてしまいたい。  おれはラケットを顔の真正面に構えた。  そのとき、おれの目のすぐ左側を横切ってゆく物体があった。  シャトルだ。圭一のスマッシュだ。  おれは小さく身震いした。圭一のスマッシュが、まったく見えなかったからだ。  シャトルはコート後方に刺さった。  また、圭一の得点だ。  おれはかがんでシャトルを拾う。次はおれがサーブを打つ番だ。  おれは胸の前でラケットを振り、シャトルを押し出すように打ちこんだ。  その瞬間、嫌な感触があった。力みすぎていたからだろうか。おれのサーブは、理想の軌道よりもだいぶ浮き上がったものになってしまっている。  そのとき、圭一が前に足を踏みだした。圭一のラケットが、おれのサーブを捉えた。  まずい。  乾いた音がした。ラケットがシャトルを打つ時の、一瞬で潰れるような音だ。  シャトルはおれの目の前に来ていた。おれはあわててラケットを構えた。  シャトルは一瞬でラケットに当たった。が、打ち返すことはできなかった。止めるだけで精いっぱいだった。  シャトルはおれのコートに落ちて、また圭一の得点だ。  おれはまた、シャトルを拾う。一瞬だけ床に手が触れて、ひんやりした。  そしてサーブを打つ。圭一がおれのコートの深くに打ち返して、おれは後ずさって圭一のコートに打ちこむ。浅いところに沈ませたから、圭一だって強くは返せない。  圭一はまた、深めに打った。様子見という感じだろうか。おれも深めに打ちこむ。バックハンド側だから、圭一だってそう強くは返せないはずだ。  おれは、一歩、前に出た。  圭一がおれのショットを打ち返し、コートの前方に返す。 おれはなるべく高い打点で打ち返す。スマッシュほど強くは打てなかったが、それでも有効打にはなりえるはずだ。 圭一が手を伸ばした。そしてその状況から、掬い上げるように高く打つ。 おれはジャンプしてシャトルに触れる。なんとか捉えた。シャトルは圭一のコートの中央あたりに落ちてゆく。 そのとき、圭一が前に詰めた。いま来られたらダメだ。次のショットへの準備ができていないから、返せたとしても圭一にチャンスを与えてしまうことになる。 圭一がスマッシュを打ちこんだ。重力なんてものともせずに、一直線に飛んで行く。 おれは返すことさえできなかった。 圭一には、おれは勝てない。 試合はその後も続いたが、似たような流れが続くだけだった。たいていのラリーは圭一のスマッシュで決着がつくし、おれは圭一といいところまで競り合ったとしても、決して圭一に勝つことはできない。  ときおり圭一のミスでおれが得点することだってある。  だけど、おれが圭一から点数を奪うようなことは、ほとんどない。  そんな試合を続けるうちに、試合は終わった。流れを変えることなんてできなかったし、なによりも圭一には基礎的な体力から技術一つ一つまでことごとく負けている。  「ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ中田」  中田は圭一の名字だ。おれが圭一に勝てないのは、もう当然のことだ。  圭一が右手を差し出した。試合後の握手だ。おれも右手を差し出す。練習なのだからこういう下りは省けばいいのに、わざわざきちんとするのが圭一らしいなと思う。  そのとき、圭一がおれにつぶやいた。  「ショットを打った後に、体が二秒くらい止まってるから、なるべく早く動いた方がいいと思う」  「お、おう」とだけ返事したが、圭一はおれに目もくれずコートから出ていった。  あーあと思う。それが出来たら苦労してないのに。 おれは圭一には勝てない。それはそう思う自分の心も原因なのだろう。だけど今さらどうしようもない。圭一は強くて、いつからかおれの力じゃどうしても太刀打ちできなくなった。 あーあとおれの声が漏れた。ふと上を向くと、体育館の照明がまぶしくて、おれの目がうっすらとうるんだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!