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第116話「彼氏ができて彼氏になった」
「付き合ってるんなら1個お願い聞いてくれない?」
「え、何、いやだ」
「何で聞く前にいやだって言うんだよ」
芽依の申し出が何か怪しいと察知した鷹夜は瞬時に断る返事をしてしまった。
サービスエリアを出て走り始めて更に1時間。
先程とは違ってそこまで渋滞にも引っかからず、車はそろそろ東京に入る。
時刻は22時少し前だ。
「で、なに」
「あのさあー、馬鹿なのは分かってるしそう言うの嫌いだったら言って欲しいんだけど、」
「うん」
芽依は運転している為、前を見ながら話している。
助手席の鷹夜は芽依の方を向いて、車内にかかっている音楽の音量を少しだけ落とした。
付き合ったと言う現実をじわじわとお互いの頭が理解し始めたせいで恥ずかしくなり、先程までふざけて大音量で流行りの曲を流し、それに合わせて大声で歌っていたのだ。
恥ずかしさと気まずさ、緊張を取り払う為に。
けれど、流石に今は少しうるさい。
「、、、」
「何だよ」
「その、、やっぱり鷹夜くんって呼んで良い?」
「え?」
鷹夜はしばらく頭の中でその言葉を巡らせた。
鷹夜くん。
鷹夜からすれば高校で出会い、付き合い、結婚まで考えた相手は日和1人だけで、彼女からは「鷹夜」とそのまま名前で呼び捨てにされていた。
それが、人生で2人目のお付き合いの相手は、何故だか「鷹夜くん」と呼びたいと言っている。
別段拒絶する理由もないが、どうしてわざわざ他人行儀にしたがるのだろうか。
「何で?」
驚くも引くもなく、ただ単に疑問だった。
「くん」をつける意味が鷹夜には理解できなかったのだ。
「しっくりくる、から?」
「ああ、そうなの」
「だめ?」
「いや全然。呼びたいように呼んで良いけど」
「わはっ」
答えた瞬間に芽依は花でも咲きそうな嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「と言うか、鷹夜って呼び出したから順応しただけなんですけど」
「あ、うん、あの〜、でもやっぱ慣れなくて、、鷹夜くんは鷹夜くんだなあ〜ってちょっとムズムズしてたと言うか」
「俺は芽依って呼んでいいの?」
「好きな方で!しっくりくる方で!」
「んー、、」
鷹夜はしばらく考え込んだ。
(芽依?芽依くん?んー、まあ確かに芽依くんの方が慣れてはいるけど、、)
しっくりくるか来ないかとなると、どちらだろうか。
どちらでも良い気はする。
「、、、芽依」
「ん?」
「芽依にする。呼び捨ての方が嬉しそうにするから、芽依にしとく」
「っ、、俺そんなに嬉しそうだった?いや、実際嬉しいんだけど」
芽依は恥ずかしそうに口を尖らせ、ボソボソと聞いてくる。
夜景が見え始め、「東京都に入りました」とカーナビの抑揚のない声が聞こえた。
「嬉しそうだよ」
ふふ、と鷹夜は口元を緩めた。
色々ありすぎた実家への帰省が終わり、彼は何かよく分からない安心を覚えながら微睡み始めている。
道路脇に等間隔で立っている街灯を目で追うと、意識がうつらうつらとしてきた。
「鷹夜くん、寝て良いよ」
「んっ、、んん、お前運転してるじゃん、起きるよ」
「彼氏の寝顔見たいから寝てて」
「んー、、ほんと、何言ってんの」
芽依は眠そうに背もたれに深く寄り掛かっている鷹夜を横目でチラリと見つめ、ぼんやりとした声に小さく笑った。
「ホントに。寝てて」
「、、ごめん」
「大丈夫だよ」
「ん」
芽依の優しい声に促され、ストン、と鷹夜の瞼が閉じる。
小さく流れる音楽も、弱めにつけてくれている冷房の風も心地良い。
「おやすみ」
それから、穏やかな芽依の声が何よりも心地良かった。
「、、、」
眠りに落ちた鷹夜を数秒見つめてすぐに視線を前に戻すと、芽依は安堵したように深く息を吐いた。
アクセルを踏んだまま、じっくり緩いカーブに沿って車を進める。
(緊張したなあ)
もっと時間が掛かるのか、それでも待とう。
そんな風に鷹夜が恋人になってくれる日を待とうと思っていた矢先に、何か考え直してくれたのか、彼はもう一度きちんと申し込んだ告白に「はい」と答えてくれた。
この1時間程は、その瞬間を思い出すたびに芽依の心臓は感じた事がない速度で鼓動していた。
(良かった、、本当に彼氏になってくれた)
しかもキスをするだけで勃っていた。
男同士と言う高い壁があるのは分かっていたが、お互いにそんなものヒョイと超えてしまえた嬉しさで胸がパンパンになっている。
「はあーー、、」
芽依はまた深く息を吐いた。
喜びと幸せで膨らみ切って苦しくなった風船から、ぷふーっと空気を抜くように。
「鷹夜、、くん」
前を向いたまま、小さく呟いて口元を緩める。
実はこの「鷹夜くん」と言う呼び方は芽依の中でしっくりきている、と言う以外にも、あえて「くん」を付ける意味があった。
芽依からしたら鷹夜は「歳上の彼氏」なのだ。
本当は新妻っぽく「鷹夜さん」と呼ぼうかとも迷ったがそれでは歳の差を感じ過ぎる。
「鷹夜くん」なら、適度に新婚感もありつつ、適度に歳の差も感じられる。
だからこそ、芽依はあえて「鷹夜くん」と呼びたいと言ったのだ。
(あ〜〜〜〜、でもそんな歳上の彼氏を歳下の俺が抱くんだけどね〜〜〜)
むふ、むふふ、と1人、怪しい笑いが溢れる。
その声で一瞬鷹夜は目を覚ましたのだが、怪しい笑い声がいつも通り過ぎてまたすぐに眠りに落ちた。
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