第4話「気になるボタン」

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第4話「気になるボタン」

それから1週間が経った。 鷹夜の生活に、ひとつ気持ちの悪い事が起きていた。 (うわ、まただ) 午後23時48分。 終電よりも早い電車に乗れた事にその日も歓喜していた。 今田が仕事を覚えるのが早い為、鷹夜がこなしているオフィスや店舗の内装デザインの仕事は1人でやっていた頃よりもスタスタと進んでくれる。 ここ1週間は鬼上司・上野からのお叱りもなく、胃が痛い事に変わりはないが何とか生きていた。 そんな彼の携帯電話に、またアプリから通知が入る。 [MEIさんがあなたに気になるボタンを押しました] 「、、、」 どの婚活アプリに変えても、このメッセージが届く。 必ず「MEI」と言う名前だ。 それ以外の女性からももちろん届くものの、もし名前を変えただけの「MEI」でまた1ヶ月かけてみっちり嫌がらせをされたらと思うと恐ろしくて返信ができない。 (何で、) 鷹夜の記憶違いでなければ、あの日見た「MEI」と言う男は俳優の竹内メイだ。 それが何故自分に付きまとってくるのか。考えられる答えは1つしかない。 (嫌がらせし足りないって事かよ) 一般人サラリーマンである鷹夜からすれば、雲の上の存在である芸能人。 まさかこんな形で会う事になるとは思わなかったが、初めて見たそれが竹内メイになってしまった。 鷹夜はまた「MEI」に対してアプリ内の拒否設定をする。だが何度したところで、アプリに登録し直した「MEI」は鷹夜の前に現れる。 最近はストーカーのように感じ始めていて、鷹夜はうんざりしていた。 (訴えようかな、、いや、そんな目立つ事したらまたあのクソ上司に何か言われる。もう嫌だ、関わりたくないんだよ俺は!!) しかし、家に着く頃にはまた「MEI」からの気になるボタンの通知が、鷹夜の携帯電話の画面に映し出されるのだった。 「はあーー」 コンビニで買った夕飯はハンバーグ。 何年も使っていない炊飯器はもはや部屋の邪魔者だ。 鷹夜はシャワーだけ浴びて風呂から出てくると、タオルで髪を拭きながらベッドに寝転がり、携帯電話を構えた。 「、、1回、文句言おう」 彼はとうとう決心をつけた。 ホームボタンを押してアプリのある画面までタッチパネルをスライドする。 水色のマークの入ったアイコンを押してアプリを起動し、数秒すると自分の紹介ページが開いた。 「MEI」からの気になるボタンの通知を押し、表示された「メッセージを送りますか?」の問いに「はい」と書かれたボタンを押してメッセージ画面を開いた。 (こっちは課金してんだぞこれに!!) 女性と違い、男性登録者はメッセージのやりとりが無料でできるのは15回まで。 その後は有料会員に登録しないと送る事ができないのだ。 [何のようですか] 挨拶もなしに、鷹夜は「MEI」に攻撃的なメッセージを送った。 「ったく!」 会社から帰ってきてもイライラすると言うのは本当に気分が悪い。 鷹夜は重たくため息をついて、既に午前1時半を回った目覚まし時計を見て絶望し、携帯電話を充電ケーブルに繋いでベッドに放ると歯磨きをしに洗面所へ向かった。 歯を磨き、髪を乾かし、10分程経ってベッドまで戻ってくる。 仕事の事を考えていたら、メッセージの事など頭から抜けていた。 ベッドに潜り込んでリモコンで電気を消し、暑くなってきたな、と考えてエアコンの除湿を付けた。 「ふうーーー、、」 仰向けに寝転がる。 カーテンから夜の明かりが部屋に入ってきている。 ピロン 「あ?」 寝たい。 だがその音で、「MEI」にメッセージを送っていた事を思い出した。 「、、、」 真っ暗な部屋の中で、ぼおっと携帯電話の画面が光る。 タッチパネルにすらすら触れて、あっという間にアプリのメッセージ欄を見た。 「、、え?」 [もう1回、会いたい] ふざけるな、と怒りが込み上げてきた。 奥歯を食いしばり、嫌な音を立てる心臓を落ち着けようと深呼吸をする。 揺らぐな、こんな奴の言葉で。 鷹夜の胸は苦しいばかりだった。 雨宮[私は会いたくありません] MEI[お願いします] 雨宮[あなた男性ですよね?ふざけないで下さい。運営に訴えますよ] もうこれ以上のストレスは、鷹夜には受け切れない。 この1か月、どんなに画面の向こうの彼女を愛しく思っていたかも分からない男に、どうしてもう一度会えと言われるのか。 どうして鷹夜の心をズタズタにした人間に追われなければならないのか。 激情が湧いて、胸が痛んだ。 そろそろ胃に穴が開いて、口から血が出てもおかしくないのではないだろうか。 MEI[電話して] 「はあ!?」 送られてきたメッセージに思わず飛び起きた。 激しく動いたせいで、ギャン!とベッドのスプリングがうるさく鳴く。 そして、次に送られて来た電話番号を見て鷹夜は下唇を噛んだ。 何故、どうして。 声も聞きたくない、声を知りたくもない。 やっと頭から、あの日の嘲りが消えてきたと言うのに。 雨宮[しません] MEI[お願いします。電話してくれたら、もうあなたの前に現れません。絶対に] 「、、、」 高速で打った「しません」を予想されていたのか、長文にしてはやたらと早くその返事は返ってきた。 (、、もう寝たいのに) けれど、これで終わるなら、とも思った。 言いたいだけ文句を言ってすぐさま切ればいいじゃないか。 そしたら全て終わる。 ゆっくり集中して次の恋ができる。 鷹夜のそんな気の迷いが、人生の大きな岐路となった。 「、、、」 アプリを見て、番号を打って、またアプリを見て、番号を打つ。 胸はドキドキとうるさい。二重の意味で破裂しそうになっている。 「MEI」に言う文句を考えて、苛立っているから。そしてもうひとつ、本当に俳優の竹内メイなら、それはそれで驚くしかないからだ。 「っ、」 番号が打ち終わってしまった。 心臓が壊れそうで、血流が速い。手汗で携帯電話が滑りそうで、そしてほんの少し、怖かった。 (文句言って切る、文句言って切る、文句言って切って着拒!!) 発信ボタンを押した。
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