第1話「最悪の出会い」

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第1話「最悪の出会い」

自分の視界に差した影に期待を膨らませて顔を上げる。 「、え」 「どうもこんにちは」 そこには、サングラスをかけた見知らぬ男が立っていた。 「こんにちは、、?」 誰だろう、変な人に絡まれたかもしれない。 宗教の勧誘だろうか。 不審な男は知り合いでも何でもないようで、彼は警戒しながら男を見上げて眉間に皺を寄せた。 「メイです」 「、、、え?」 その言葉を聞いた刹那、ここ1ヶ月が走馬灯の様に目の前を走り去り、彼は絶望を感じた。 登録名は「MEI」。 使っている写真は明るい茶髪が緩く巻かれたロングヘア。 目が大きくて、爪が綺麗にネイルされた右手を口元に添えてニコッと笑っているもの。 初めは自分のページに足跡が残っている事すら不思議に思えた。 半年前、高校時代から付き合っていた彼女に結婚を申し込み、そのまま流れるようにフラれた事を雨宮鷹夜(あまみやたかや)は今も鮮明に覚えている。 新卒で入った会社がブラック企業だった彼は30になるまで、自分を特別嫌ってくる上司にへこへこ頭を下げながらどんな理不尽にも耐えて働き、先輩にも後輩にも公平に微笑みかけて生きてきた。 そんな彼が唯一手放したくないと思った女性だったが、いつの間にか出会い系アプリで出会った男性と何度か逢瀬を重ね、とうとう鷹夜を切ってその彼と付き合うとプロポーズの2週間前には決めていたそうだ。 鷹夜が少しホッとしたのは、彼女の好みに合わせて買おうと決めて婚約指輪を購入していなかった事だった。 なくなる金が減って良かった。 そんな事しか当時は前向きには考えられなかった。 「え、っと」 そんな彼は2ヶ月前に「LOOK/LOVE」と言う婚活アプリに登録した。 何をしたでもなく入社当時から鷹夜を嫌っている直属の上司が人生2度目の結婚をする事になり、ご祝儀を渡した事がきっかけだった。 何でめでたくもないのにコイツに俺の金を渡さなきゃいけないんだよ。 そんな思いがぽっかりと胸に居座って消えなくなり、やるせなくなり、何か違う事を考えたくて、気がついたときにはアプリをインストールしていた。 そして今、目の前の状況に鷹夜は困惑し、買って来ていた「彼女」が好きだとこぼしていた小さなかすみ草の花束を落としそうになりながらポカンと口を開けて眉間に皺を寄せている。 これが鷹夜の絶望の顔だ。 「ん、、、ん?」 「MEI」とメッセージを送り合うようになったのはアプリを始めて1ヶ月が過ぎた頃だ。 プロフィールの写真の笑顔に惹かれ、自分のプロフィールページに足跡を残してくれたと言うわずかながらの希望を頼りに「気になる」ボタンを押した。 1時間後に携帯電話を見ると、気になるボタンの返信があったと言う知らせを見て驚き、そのまま早る気持ちを抑えて、 [こんにちは。返信ありがとうございます。よろしければ、お話ししませんか?] と恐る恐るメッセージを送ったのが始まりだった。 明るく元気で、「笑!」をよく使う。 あくまでマッチングアプリ内のメッセージのやり取りで、普通の連絡用アプリのアドレス等は教えていなかったが、それでも鷹夜は満足していた。 映画の話しも、ハマっているゲームの話しも、行った事のある外国の話しも、彼女は楽しげに、そして真剣に聴いてくれた。 会う事になっても何も怖くはなかった。 [貴方の見た目も好みです] 写真を送ったとき、そう言ってくれていたから付き合えると思っていた。 半年前の悲しみを忘れて、メッセージを送り合う事にドキドキした。 もう最後で良い。 最後の恋で良い。 好きな人の為に稼いだお金を使いたい。 好きな人の為にお金を稼ぎたい。 好きな人と何処かへ行く為に働きたい。 好きな人と何か美味しいものを食べる為に生きたい。 そんな、純粋な想いだったのに。 「お、、おと、こ?」 パサ、とコンクリートにかすみ草の小さな花束が落ちた。 「そうだよ。ざーんねーん」 ガッ、ガッ、と重たい音を立ててその男は近づいて来る。 [目印は白いブーツと、ピンクのバラ] 履いているのは彼女がメッセージで送ってきた通りのブーツ。 そして、男の手には小さなピンクのバラが1本握られている。 「うそ、嘘だ、め、メイさん、、」 「そんな女いねーよ」 「ええッ」 夢はガラガラと崩れて行った。 まるで鷹夜の頭の中まで崩れて行くように、何も考えられなくなっていく。 「MEIは俺。アンタ騙されてたんだよ、お疲れさん」 「そ、んな、」 「ワンチャン、ヤレるって思ってきたんだろ?」 「え、、?」 新宿駅の新しくできた改札を出て、1番近いカフェまでの道の途中。 街路樹を囲うタイルが張り巡らされた枠に腰掛けて彼女を待っていた鷹夜は、目深にフードを被りサングラスをかけた大柄な男を見上げて涙ぐみながら聞き返した。 「すぐヤレる女だと思ってきたんだろ」 彼の目は、どこか絶望していて苦しげで、それでいて鷹夜を恨む様に見つめていた。
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