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*出会い*
1日だけ、知らない誰かの彼女になってデート。当たり前だけど、そんなスケジュールは生まれて初めて。キラキラと日差しが眩しい初夏の土曜日。彼の目印は黒のサングラスのみ。
彼女募集というのだから、一応、男だろうと思った。
黒のサングラスをかけてる、ただそれだけの目印で、その「彼」とわかるんだろうか?まぁいいや。わからなければ帰ろう‥いや今すぐにでも帰ろうかという考えも頭をよぎる。全くのデタラメの可能性もある。結果、誰もいないかもしれないし‥。いろいろな考えが駆け巡ったが、一抹の怖いもの見たさと、自分自身の投げやりな衝動で足は目的地に向かって動いていたように思う。ただ、今の状況が続くくらいなら、何かを変えてみたい、そんな思いだけはあったかもしれない。しかし半信半疑だった。その、待ち合わせの場所に行くまでは。
会えなければ帰るつもりだった。しかし、果たして、想定外な事件として、「彼」はいた。視線が吸い込まれるようなサングラス姿が、そこに、あった。
この人・・・、とすぐにわかった。目印は、サングラスだけなのにも関わらず。その彼以外にあり得なかった。いるだけで周囲の空気が一瞬止まるようなある種異様な雰囲気・・・。
何故ならば、あまりにも。・・・美しい人だったから。その言葉以外思いつかない。綺麗・・・とため息が出そうになる。
まばゆいほどのオーラが、彼の周りにだけ漂っている。
何もかも埋めてしまう漆黒の闇のようなサングラス、そしてこの街の淀んだ空気の中、スッと現れた美しい生命体─。
この薄汚れた街並に不釣り合なほどに端正な顔つきと、綺麗な肌。目元こそサングラスに隠れて見えなかったけど、マスクを外した頬は、ほの白く陶器のように輝いていた。そこにいるだけで、近づくことさえできない特別感があった。
薄手のシルバーグレイのシャツに黒のパンツスタイル。透け感のあるシャツは引き締まったBODYを予感させる。香り立つような肌艶、20代では醸し出せないセクシーな雰囲気、どこにもスキのない洗練を感じさせ、近寄りがたかった。何歳くらいなのか見当がつかない年齢不詳の色気が漂っている。年齢を感じさせないばかりでなく、何かの絵画を見ているようだった。
私、これから、この人と・・・。はっ!!私ってば、初めて会う人に、一瞬のうちに一体何を妄想してるの?ザワつく心に自問自答した。
まるでモデル誌から抜け出たような彼の前に、呆然と突っ立ってる垢抜けないファッションの自分。去年から着てる春ニットとロングスカートが、最高にみすぼらしく感じた。こんなレベチな彼を前に、狩りをする女の眼になどなれなかった。完全に負けてる。何この自分の格好・・・。今すぐ家に1回帰りたい・・・。しかもこの人とどんなことするのかな、とか何考えてんの!軽いパニック。エロい妄想が漏れ出ないよう、隠さなければいけないような恥ずかしさ。そう裸にされた気分・・・こんな感覚は久しぶり。目のやり場に困った。
すると、そのサングラス美男は「ねぇ、君、もしかして‥‥」とこちらに向かって話しかけてきたのだ。
え、え、困ります私に話しかけないでください!!と内心では思った。怖いくらいの美しい有機体に話しかけられて、会話の周波数が異なりますと言いたくなった。でも言葉が聞こえ理解できたということは間違いなく私に話しかけたの・・・?それすら信じられない。もう異星人レベルに私とは無関係にしか見えない人だったから。
これは、誰が見てもバカな女が騙されてる構図だ。冷ややかな、周囲の女たちの視線。ねっとりとした羨望から軽い嘲笑に変化しながら、グサグサと矢のように私に降り注いでいた。周囲から完全に浮いてる感じがした。
こんなバイト、やっぱりやめておけば良かった!!誰にでも、そう言われるだろうな。確かに、その時感じたのは恐怖の感覚ではあった。でも、それは、しまった!失敗した、この先どうなるんだろう?殺されるのかな、怖い‥なんて感覚じゃなかった。
いつもひた隠し?にしている女としての本能。それがこの彼を前におずおずと顔を出していた。素敵な人を前にときめいた瞬間、いつもこうなる。好きになりそう、、、え、マジ?大丈夫?こんな人好きになるなんてヤバくない⁉ともうひとりの自分が心の中で大騒ぎするの。絶対に好きにならないようにしよう、どうせ無理だから‥手遅れにならないうちにやめとこう、せいぜい騙されないように‥、と、いろんな不安の嵐が襲ってきて、本音の自分はまるで貝になったように、頑なに殻に閉じこもってしまう。
いわゆる…モテない女の悪い癖。それが今こんなシチュエーションで現れるとは心外だった。
何年ぶりだろう?この悔しさを伴う恐怖の感覚は。
でも、もう引き返せない気がした。
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