父と海

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   ドキドキ、ドックン               「始まるまではドキドキで、始まってからはドックンドックンでした」  第一回のWBCを振りかえったイチローの言葉である。私も似た思いをした。  三年前、息子の大学受験と娘の高校受験があった。まず子どもたちの健康が第一。栄養のある食べ物を作り、風邪をひかさないよう気をつける。インフルエンザの予防接種も受ける。そして受験前夜は寝過ごさないように、目覚まし時計を確認。まさにドキドキである。子どもを送りだして、ほっと一息ついた。 数日後には息子の発表がある。大学受験では、ホームページから受験番号を検索して合否がわかる。受験番号を入力するとき、ドキドキからドックンドックンに変わる。心臓によくない。ひとつ受かって万歳をした。だが、そのあと六校すべてだめだった。息子は、ただひとつ受かったところへ進学した。  娘は都立高校発表の日、電話してねと言っておいたのに、昼を過ぎても夕方になっても連絡がない。だめだったのかと思う。家に帰りにくいのか。ドキドキとドックンが混ぜ合わされて部屋をうろうろしていた。 「ただいま」 といつもの声で六時半に帰ってきた。 「連絡忘れてた。受かったよ」  私は娘に抱きついた。  あれから三年が過ぎた。息子は学力と学校が合っていたようで、まあまあの成績で今大学三年生。昨年の十二月から就職活動をしている。就職活動もドキドキであろう。 私は独身のとき、教師の採用試験は受けたが、息子のように会社の就職活動は経験がない。夫は景気のいいときに就職だったので、さほど苦労しなかったらしい。親の経験は参考にならない。 今は不景気で就職氷河期だ。大学卒の就職率が七十パーセントだそうだ。就職活動への不安からか、息子は十二月以前には、朝起きられなくなった。心配したが、二月となった今では、ちゃんと起きてあちこちの就職合同説明会に足を運んでいる。 小さなところでいいから、息子を必要としている会社に出会えるといいのだが。まだ、始まったばかりだからドキドキだろうが、面接の結果を聞くときは、ドックンドックンだろう。私にできることは、限りなく普通にしていて、息子のやることに口をはさまないようにすることだ。誰に聞いても二十歳過ぎたら子どものやることを否定しないことが大事という。  娘は都立高に入り、バイトを始めた。成績は下がる一方で後ろから数えた方が早い。体育祭や文化祭に燃える自称行事大好き人間になる。高校三年生になり、美容師への道を決めた。美容師専門学校の推薦入試は面接だけだった。あまり苦労なく面接を終えたように見えた。結果は数日後に郵送されるという。そろそろかなと郵便受けを見てみると、面接を受けた美容師専門学校から娘あての手紙があった。その手紙は薄い。合格通知なら、いろいろ書類があって厚いのではないか。もしや、不合格? でも指定校推薦だから合格率はほぼ百パーセントのはず。多分合格だろう。 娘はなかなか帰ってこない。我が家では、業者からの手紙は誰宛でも私が開封することが多い。待ちきれなくて、ええい、見てしまえと私が開けてみた。ドキドキドックン。封書の中は「入学を許可する」の一文。やった! ほっとした。 七時ころ帰ってきた娘に、 「合格していたよ」 というと、 「結果は私が先に知りたかった」 当然かな。すると、娘にはドックンドックンがなかったのだろうか。 四月から、新しい生活が始まる。
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