肌荒れ

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《ショコラトリー・フランの最高級チョコレート♡》  おいしそう……と雑誌のバレンタイン特集を眺めながら鼻を噛んだ。こたつむりのまま、ぽいと投げたティッシュは、目標のゴミ箱のわずかに左。 「惜っしい!」  とりあえず悔しがってみてから、ふう、と力を抜いて仰向けにこたつにもぐる。眠いなぁ、お風呂めんどいなぁ、化粧落とすのすらめんどいなぁ。目を閉じてしまおうとしたとき、声が聞こえた。 「ねぇ、いい加減にしてくれる?」 「えっ?」  がばっと飛び起きて周りを見回してみるけれど当然誰もいない。ゆ、夢か。そうか、一瞬で寝ちゃったのか。最近残業続きだったし疲れてるんだな。そう納得してふたたび目を瞑ろうとしたら、やっぱり声が聞こえた。 「私を荒らさないでくれる?」  ――聞き間違いじゃない!?  目をかっと開いたら、今度は目の前に誰かがいた。ひえっ、と叫ぼうとした声がのどで詰まる。だ、だれ、どろぼう、だっだれか!!――こういうときって、声が出なくなるんだ。  ぱくぱくと口を金魚みたいにしていたら、目の前の誰かが私の顔を覗き込む。  女の子、だ。  私より全然年下の、中学生くらいの女の子。  彼女の見た目は悪者って感じではなくて、ほんの少しだけ、身体の力が抜ける。悪者って感じじゃないけれど、何だかものすごく怒っているみたい。眉をいっぱいいっぱいにつり上げて、彼女は自分の顔を指差した。 「ほら、肌荒れ!」  肌荒れ、と彼女の言葉をなぞりながら、彼女の顔を見た。確かに、頬やおでこやあごのあたりに、ニキビのようなものが複数できている。 「こんなにひどい顔じゃ、叶う恋も叶わないわよ」 「こ、恋?」 「そう、彼。輝いていてとっても素敵でしょう?」  彼女はうっとりと蛍光灯を見上げた。――ええと? 「あ、あの。あなたは……?」 「私は床よ。あなたが荒らしに荒らしている床」    ――彼女の言い分をまとめると、私が床を散らかしているから、肌環境が悪化して、ニキビが次から次へとできるのだという。 「ほら、ちゃんと掃除して! 特にそこの積もりに積もったティッシュたち!」 「えぇ……でも、寒い……」  私がこたつ布団を引き寄せてぐずると、「しょうがないわね」と、彼女はパチンと指を鳴らした。すると床の上にどさっと現れたのは綺麗にラッピングされたチョコレートの山。さっき雑誌で見ていた、ショコラトリー・フランの最高級チョコレートだ。 「掃除してくれたら、コレあげるわよ」  私はチョコレートの山をじぃっと見つめたのちに、えいやっとこたつから抜け出した。  ゴミ箱の周りに散乱したティッシュたちをちゃんと回収して、一ヶ月ぶりくらいに掃除機もかけた。  チョコを頬張る私の横で、彼女は満足そうにニコニコしている。私も満足だ。甘くて幸せ、残業の疲れも溶けてゆく。 「でもこれどうやって手に入れたの? 都心にしか売ってないのに」  ラッピングを解きながら訊けば、「私をなめてもらっちゃ困るわよ。まだ木だった頃から、何年生きていると思っているの」と彼女は得意げだ。 「というかあなた、食べすぎじゃない?」  彼女は眉を顰めるが、「平気平気、いくらでも食べられちゃう」と私はもうひとつチョコを頬張った。もうひとつ、もうひとつ。ああもう、感激する美味しさだ。さすが、ショコラトリー・フランの最高級チョコレート!  ――というようなことがあった気がしたんだけど、夢だった?  翌朝、こたつで目を覚ました私は、周りを見回した。部屋はきれいになっている。掃除をしたのはどうやら現実のようだ。うーん、疲れて幻覚を見ながら掃除をしたのかな。  なんてことを思いつつ、こたつ布団にもぐったら、何だか顔に違和感を覚えた。かゆいような、ちょっとだけ痛いような。  うん? と思って、手を伸ばして、こたつの上に置いているスマホを取った。カメラを起動させて、インカメにして、自分の顔を映してみる。そして、「うわっ」と声を上げた。 「ニキビがいっぱい……!」  ああやっぱり、夢じゃなかったんだ、と途端に理解した。彼女に心配されるのも構わずチョコをむさぼった。食べ過ぎた。私は油分を摂りすぎるとすぐにニキビができる肌質なのに!  ニキビが完治するまでしばらくかかった。私は相変わらずこたつむりだけれど、ティッシュはちゃんとゴミ箱に捨てるようにしている。だって、肌荒れってとっても辛いもんね。
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