父と海

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   空き缶とホームレス                 私は寝る時間が遅い。六月の始めころ、窓を開けていた。その日も夜一時近くまで起きていた。布団に入ると空き缶の音がする。捨てるのではなく、集めている音だった。次の朝は缶の回収日。多分、ホームレスの人が、集めているのだろう。  以前、多摩川の橋の下でホームレスの人が缶をビニール袋に詰めているのを見たことがある。うちのマンションの空き缶入れでも、見たこともある。私は捨てに行ったところだったが、何をしているのか、恐くて聞けなかった。私が捨てる空き缶でもホームレスの人には、大切な資金源なのだろう。  その夜の音はとても静かだった。カチャン、カチャンと鳴り、めりめりと鳴り、静かな夜にその音だけが聞こえる。鳴り止むまで眠れなかった。どんな人が、集めているのだろう。その人はその仕事で生きていけるのだろうか。その音は恐くもあるが、それで、その人が生きていけるのならいいじゃないか。さまざまなことを思い浮かべながら、空き缶をあさる音を聞いた。 私の人生も何なのだろうとも思った。夫の給料で、今の生活がある。夫がいなくなれば、私はホームレスになるのだろうか。いや、子供二人のために、働けるだろうか。働くのだよ、子供のために。そんな事も考えていた。  空き缶をあさる人にはなりたくない。そして仲良くもなりたくない。でも生きていってほしい。私が捨てる空き缶で生きていけるのなら、いっぱい捨ててもいい。カチャン、カチャン、めりめり。自分とホームレスを重ね合わせながら、その音を聞いた。しばらくして音は止んだ。私は安心して眠ることができた。
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