正しさへの憧憬

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 他の人がぴーちゃんにつられてニコニコしている中、私の頬の筋肉だけが動かない。ぴーちゃんは律儀に私の目も見てくれたけれど、その表情が一瞬曇ったような気がした。  もしかしたら自意識過剰かもしれない。なんでも悪い方に捉えてしまうクセは昔から変わらない。そんな自分が嫌だ。  (とお)も下の女の子に、こんなことを思わされている自分が本当に嫌だ。「こんな自分が嫌だ」と考えている自分自身も嫌だ。「私は自分のことを客観的に見ることができている」と思うことで、自分をなんとか保っているだけだから。変えようとも変わろうともせず、ただ生き長らえているだけの肉塊。  ぴーちゃんが社長と親しげに話している。入社六年目の私よりもずっと親しげに。 「安藤(あんどう)くんが入って以来、入社してくるのは男ばっかりだったんだ。ぴーちゃんが来てくれるのを本当に楽しみにしてたんだよ」  社長の目尻はほとんど限界まで下がっていて、眼球が見えない。ぴーちゃんも笑みを浮かべてその話を聞いている。  笑いかけられたら微笑みを返すのが「正解」。社会人の「常識」的にはそうだ。分かっていながらも頬がピクリとも動かない私はきっと、「正しさ」を持ち合わせていないのだろう。
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