正しさへの憧憬

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◆ 「宮下さんって、独身ですか?」  ぴーちゃんが声を潜めて聞いてきたのは、彼女が入社してから三日目の昼休みだった。 「独身だと思うけど、なんで?」  ぴーちゃんは自分から聞いてきたくせに、視線を空中に漂わせて、私の質問には答えてくれる気配がない。  宮下さん。ぴーちゃんの指導係で、デスクはぴーちゃんの右隣。私の向かいの席。三十代半ばくらいかな。私よりは年上だったはずだ。 「好き、なの?」  ぴーちゃんに耳打ちすると、赤面してゆっくりと頷く。 「内緒にしてください」  慌てたように周りを確認するぴーちゃん。 「大丈夫。みんな外に出てるし、誰にも言わないよ」  と私が言うと、ぴーちゃんはよかったー、と大きなため息をついた。  隣の席に座る、一回りくらい年上の指導係の上司を、入社してから数日で好きになる。それを同性の先輩に報告する。なんて健やかなのだろう。どこまで純粋なのだろう。 「でも、宮下さんかー。宮下さんねー」 「ちょっと、やめてください! 恥ずかしいから。誰か戻ってきて聞かれちゃったら困りますから!」  私のからかいに、顔を真っ赤にして反応する。  恋をして、赤面する。  ぴーちゃんは、どうしてこんなにも「正しい」のだろう。
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