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二人はそれで興味を失ったみたいだけど、わたしはこの出来事がきっかけで胸に灯った違和感が、それから修学旅行の間もずっと離れなかった。夜のレクレーションでは、瞳ちゃんたちと有志で結成したグループでダンスを披露しながらも、気付けば、観衆の中に速水さんの姿を無意識に探していた。いつも整った顔立ちの速水さんが、くしゃっと表情を崩した泣き顔が、妙に脳裏に焼き付いていた。
知らない大人に押されたって、本当にそれだけ? 六年生にもなってそんなに泣く? 怪我をしたわけでもないのに、先生たちもあんなに心配そうな顔をするかな。
唐突にわたしの頭に浮かんできたのは、一学期の「いのちの授業」のことだった。
子どもは、お父さんとお母さん二人の体の中の“いのちの種”が合体して生まれてきます――。
そんなことは五年生までにも習ったから知っていたけれど、最終学年になって見せられたビデオで映し出されたことは、にわかには信じられなかった。
だって、この世には子どもがこんなにもあふれているんだよ。いちいちそんなことをしなきゃ子どもができないなんて、そんなわけなくない?
わたしはひとつの可能性に行き当たった。大人たちはそろって、わたしたち子どもに真実を隠しているのだと。授業で説明された大変な行為なんてしなくても、もっと簡単に子どもはできるものなのだ。
あんなにもっともらしく語ってみせたサンタクロースだって、実際には嘘だったじゃないか。あのころはまだわたしも疑うことを知らなくて、「サンタさんに悪い子だって思われないようにしなくちゃ」と必死だったから、真実を明かされたたときは呆然とした。子どもだからという理由だけで、ありもしない作り話を押し付けられるのにはもううんざりだ。
あなたたちは一人ひとり選ばれて生まれてきたんだよ――。
そんなきれいごとを吐くために、現実よりもはるかに大変な苦労が、どんな子どもの誕生の前にもあったのだと、大人たちはそんなストーリーを打ち立てたのだろう。まだ世の中の汚さなんて理解できないだろうと、わたしたちを子ども扱いして。
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