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最終話 あなたと今世で結ばれたい
三國社長の肝の座った大立ち回りにより、Aハウスの事業部長と総務人事部長に、輝と賢太郎の交際が枕営業という噂は事実無根だということ、賢太郎がAハウスを辞めて輝の会社に入社しても、引き抜きなどと騒ぎ立てないことを認めさせた。
輝は、真摯に、父である三國社長に感謝した。
「父さん。ちょっと、賢太郎と二人で話したいから、車の外に出て良いかな」
三國社長が肩を竦めながら頷くのを見て、輝は、賢太郎を車の外へと促した。
「賢太郎、今回は、君を守ってやれなくて本当にごめん。俺、力がなくて、結局、今回は、父さんに頼ることしかできなかった。すげぇ悔しい。でも、絶対、これからちゃんと力を付けて、俺自身が君を守れるような男になるから。これからも、一緒に居て欲しい」
輝は、まだその口元に少し悔しさを滲ませながらも、改めて、賢太郎に求愛した。
「ううん、謝る必要なんかないよ。輝さんが、今回は、お義父さんの、三國社長の力を借りるべきだって判断して、頭を下げてくれたんだよね。プライドを捨てても、僕のことを考えてくれたんだって、感動したよ。
それに、前世では、僕たち、お家の事情で、一緒にいることすらできなかったから。今世では、お義父さんからも認めてもらえて、これからは、プライベートだけでなく、仕事でも一緒にいられるなんて、すごく嬉しい」
賢太郎は、誹謗中傷のことなど、なかったかのように、爽やかに嬉しそうに微笑んだ。
「……賢太郎。結婚しよう」
輝が、賢太郎の両手を握りしめて、目を潤ませて言うのを、賢太郎は、鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトン顔で見つめた。
「痛たたた……。うわっ! ……夢じゃないんだ」
自分の頬を、思い切り抓って、独り言を呟く賢太郎に、
「えーっと、賢太郎? プロポーズの返事がほしいんだけどな」
輝は、苦笑しながら催促した。
「あっ、ごめん! あまりに急な話で、びっくりしちゃってさ! もちろんイエスだよ。
……不束者ですが、よろしくお願いします」
賢太郎が神妙に頭を下げると、輝は、喜びを堪え切れない様子で破顔し、勢い余って、賢太郎に強く口付けた。
「キャー!!」
その瞬間、Aハウスの建物から、という黄色い歓声があがった。
驚いた二人が、声のした方を見ると、空き会議室の窓に、二人の恋愛を応援する社員たちが、鈴なりになっていた。
三國社長と輝が、事業部長と総務人事部長と会談し、そこに賢太郎も呼ばれたということは、受付嬢から、社内の女性ネットワークを通じて、あっという間に広まっていた。二人を応援する社員たちは、不当な処分でもされれば、事業部長と総務人事部長を突き上げてやろうと意気込み、空き会議室に集まって、固唾を飲んで、様子を見守っていたのだった。
二人の支援派が、嬉しそうにキラキラした目で見ていることに気を良くした輝は、持ち前のサービス精神を発揮した。
片手で賢太郎の肩を抱き、ギャラリーに向かって笑顔でもう一方の手を振ると、
「皆さん、応援ありがとー! 今、彼にプロポーズして、オッケーもらいました! ついでと言ってはなんだけど、彼には、寿退社してもらって、俺の会社で働いてもらうことになりました!」と、大声で宣言した。
「キャー! ロマンティック!」
「三國部長、藤宮君、おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!!」
支援派の社員たちは、更に目をキラキラさせ、頬を紅潮させ、拍手で二人を祝福した。
満足気に手を振る輝のドヤ顔に、
(この人、前世もそうだったけど、やっぱり、主役体質なんだよな……。結局、一番美味しいところ持って行ってるじゃん……。まぁ、別に、僕は目立ちたくないから良いんだけど)
賢太郎は、少し呆れていたが、今後の二人を待っている幸福な日々に想いを馳せ、再び微笑み、愛しい恋人ー今日からは婚約者―の横顔を眺めていた。
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「江川部長。この見積なんですけど……」
「君、これ、副社長に見せた?」
「えっ? 見せてないですけど、社長からはオーケー貰ってますよ?」
「分かってないなあ。うちの会社のキーマンは、副社長だよ? 特に金が絡む話は。会社も家庭も、財布の紐握ってるのは、副社長なんだから。社長は、技術者で芸術家気質だからね」
三國工務店で係長だった江川は、輝と賢太郎のたっての頼みで、出向先の子会社について来ていた。
自分が信頼する上司から頼られた江川は、意気に感じて、奮起した。子会社で、より自由に裁量を振るえるようになり、頭角を現し、今では、部長職を任されていた。
ただ、輝と賢太郎の両方を昔から知っているのが自慢な余り、二人の関係をペラペラ喋ってしまうのが唯一と言って良い欠点だった。
「はあ。……って、ええっ?! か、か、家庭って?!」
「……君、うちの会社のこと、全然分かってないんだな。なんで、あの二人が同じ苗字だと思う?」
「それは、ご親戚なのかなー、と」
「甘い、甘い。
副社長は、あの天下のAハウスで、入社三年目にしてMVP獲った、伝説の営業マンだったんだよ?
それを、うちの社長が一目惚れして、口説き落として、公私のパートナーにしたんだから。副社長が首を縦に振らない案件は、社長も、あとから、絶対『ごめん、やっぱり……』ってなるからね?」
江川がしたり顔で後輩に説教しているところに、ちょうど、輝と賢太郎が、商談先から帰って来た。
「……ただいま。何、盛り上がってるの?」
「あ、社長、副社長! いやー、彼が、見積提示を、副社長に伺ってないっていうもんですから。ちゃんと、副社長を通して来いって、説教してたとこです」
「……そうだな。見積根拠の妥当性は、一度、副社長に見てもらった方が良いかもしれないな」
輝は、気まずそうに目を逸らし、そそくさと自分のデスクに向かった。
「じゃあ、僕は、これから社長にコーヒーを入れますので、その後に、見積もりを見せてもらって良いですか?」
賢太郎は、輝の様子を横目でチラッと見ながら、穏やかな笑みを浮かべ、給湯室に入って行った。
「……そう言えば、なんで、平社員とかでなくて、いつも副社長が社長のお茶出ししてるんですかね……?」
「社長は、意外と味にうるさいんだ。その日の天気や気分にまで合わせたお茶出しは、プライベートでもおしどり夫婦の副社長じゃないと無理だからさ」
輝と賢太郎は、養子縁組の形で正式なパートナーになっていた。
賢太郎の両親は、ノーマルだと思っていた息子が連れて来た相手が男性で、しかも、賢太郎の転職先の社長だと聞いて、最初は口もきけないほど驚いていたが、賢太郎が、前世の話をすると、
「……ご縁があったんだねぇ」
深く感じ入り、それ以上何も言わなかった。
両家顔合わせの場でも、二人の前世が話題になると共に、
「数百年の時を超えて、主従かつ恋人同士だった二人が再会し、こうして、両家に再び深い縁が結ばれたことは奇跡的であり、大変喜ばしい」
大いに両家は盛り上がり、親しい親戚付き合いをすることになった。
給湯室で、最愛のパートナーのために今日もコーヒーを入れながら、賢太郎は、感慨に耽っていた。
生涯の恋人として互いを慕い合い、来世で巡り合った時こそは結ばれたいと、切なく、強く願った輝宗と賢佑は、今世の輝と賢太郎が結ばれたことを、喜んでくれているだろうか、と。
それとも、もしかしたら、魂は、前世の表層的な記憶だけが消え失せたうえで、時代を超えて、新しい肉体という器に入れ替わり、生き続けているのかもしれない。
いずれにせよ、輝と今世で出会え、愛し合い、結ばれたことは奇跡だと、改めて、賢太郎は思うのだった。
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