第15話 裁かれる恋人たち【輝】

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第15話 裁かれる恋人たち【輝】

 大切な恋人が、自分との交際がキッカケで、根も葉もない誹謗(ひぼう)中傷に晒され、一人静かに耐えようとしていたことに、(あきら)は胸を痛めた。  しかも、江川(えがわ)係長経由で聞いた話によれば、『社内の風紀を乱した』『お取引先に与えるイメージの悪化が懸念』という理由で、賢太郎(けんたろう)は、営業職から外され、左遷されそうになっているらしい。  既に、事は、Aハウスの役員クラスの判断になっていることから、輝は、自分一人の力では賢太郎を救うことはできないと悟り、覚悟を決めて、父である社長に報告し、助けを求めた。  父は、黙って聞いていたが、輝の話が終わると、開口一番、「輝、お前は、藤宮(ふじみや)君のことをどう思ってるんだ」と聞いてきた。 「賢太郎とは、真剣に付き合ってるよ。いずれ、正式なパートナーとして、親父とお袋にも紹介したいと思ってた」  輝は、真っ直ぐ父の目を見ながら答えた。 「もし、お前が、どうしても彼を助けたいと思ってるなら、力を貸さないでもない。そのかわり、お前はどうなっても良いか?」  父は、厳しい眼差しで、輝の覚悟を問うた。 「もちろんだよ。賢太郎を助けられるなら、俺は、どうなっても構わない」  輝は、迷うことなくキッパリ言い切った。  三國(みくに)社長と輝は、Aハウスへ乗り込んだ。  応接室には、Aハウスの事業部長と、総務人事部長が待っていた。 「……ここに、もう一人の一番大事な当事者がいないようですね。藤宮さんにも同席していただきたいんですが、よろしいですか?」  三國社長は、賢太郎の同席を要求した。  賢太郎が応接室に現れるや否や、三國社長は、応接室のローテーブルに頭を(こす)りつけんばかりにして平伏し、謝罪した。 「愚息(ぐそく)が、御社の大事な若手社員を(たぶら)かし、御社内で騒ぎを引き起こす原因となって、本当に申し訳ありません」  威厳ある三國社長から、このような謝罪を受け、事業部長と総務人事部長は慌てた様子を見せた。しかし、三國社長は意に介さず、輝を怒鳴り付けた。 「輝!! お前は、大事なお取引先の、将来有望な若手社員に手を出すなんて、一体、何を考えてるんだ?!」 「藤宮さんと私は、真剣にお付き合いをさせていただいています。私たちは、公私のけじめは付けています。仕事上で、手心を加えたり、社外秘情報を漏らしたことなどは、お互いありません。  ……とは言え、藤宮さんは、弊社の大切なお取引先の社員です。私との交際によって、多方面に誤解を与えたのは、(ひとえ)に、私の不徳(ふとく)(いた)すところです。ご迷惑をおかけしたAハウス様と、藤宮さんには、本当に申し訳ありません」  輝は、背筋を伸ばして頭を下げた。彼の言葉遣いは非常に礼儀正しく丁寧だった。その目に(くも)りはなく、表情は凛々(りり)しく、賢太郎との交際は真剣なもので、後ろめたいことは何もない、と、堂々と言い切った。  三國社長は、輝の態度を見届け、今度は賢太郎に目線を向けた。 「藤宮さん。親として恥ずかしい限りですが、こいつは、以前、恋愛に関しては本当にだらしない男だったんです。あなたのような若くて真面目な人が、騙されてないかと、心配してます。愚息は、真剣な交際だとか言ってますけど、あなたは、どう思ってらっしゃる?」 「輝さんのお話は、全部、本当です。僕も、真剣に輝さんを好きです。真面目なお付き合いをしていると思っています」  賢太郎も、躊躇(ちゅうちょ)なく曇りない表情で、三國社長を見返した。それから、事業部長と総務人事部長へも目線を向け、最後に、輝と目線を合わせて二人は頷き合った。  Aハウスの事業部長と総務人事部長は、恋人たち二人の正々堂々とした様子に気圧(けお)され、目を泳がせ、そわそわと、居心地の悪そうな様子になった。  その様子も全て見定めたうえで、三國社長は、今日最大の爆弾を落とした。 「輝。うちの大事なお取引先のAハウスさんの社内をこんなに騒がせた罪は、償ってもらう。こないだ買収した会社、あれ、すごい赤字だから、お前が立て直して来い。黒字にするまで帰ってくるな」  三國社長の冷たい表情と厳しい言葉に、応接室に氷のような沈黙が走り、その場に居合わせた、三國社長と輝以外の全員の背中に冷や汗が伝った。  三國社長は、くるっと、Aハウスの事業部長と総務人事部長を振り返り、ころりと表情や口調を変えて、機嫌を取るように言った。 「Aハウスさん、愚息が、大変ご迷惑をおかけしました。こんな処分ぐらいしかできませんが、ご容赦いただけますでしょうか?」  事業部長と総務人事部長は、慌て出した。 「あー。いえいえ。お取引先の方と、弊社の社員との交際というのは、まぁ、ぼちぼちあることです。誠実な交際で、会社に不利益をもたらす訳でなければ、特に(とが)めるようなものだと思っていません。今回は、たまたま、男性同士ということもあって、特に社内で耳目(じもく)を集めたのは事実ですが。  LGBTの権利を認め、差別をなくそうという今日の社会的な情勢もあり、男性同士だからと言って仲を引き裂くようなことは我々も望んでいません。ぜひとも、穏便な対応をお願いしたいと思います」  総務人事部長は、国会答弁(とうべん)のように、模範的な回答を、まるで読み上げるかのように、すらすらと喋った。 「そうですか。ちなみに、藤宮さんの扱いは、御社内で、どうなるんですかな?」  三國社長が、あえてすっとぼけたように尋ねると、途端に、事業部長も総務人事部長も、気まずそうな様子になり、歯切れが悪くなった。 「……まぁ、こうなってしまうと、営業には使いづらいという声も、現場では出ておりまして。いったん、総務や経理などのスタッフ業務をやらせようかという話もあるのは事実です」  その言葉に、賢太郎は、さっと青ざめて、唇を噛み締めた。  三國社長は、賢太郎の表情の変化をしっかり横目で捉えつつ、大袈裟に驚いた表情をして見せた。 「それは、優秀な営業マンだった藤宮さんには、非常に大きなペナルティですね? ましてや、入社三年目で、これからが一番キャリア形成上重要な時期だというのに。……藤宮さん。あなたの受けるペナルティは、ずいぶん重いようですね。うちの輝の処分は、こんな程度で良いですか?」  賢太郎は、思い詰めたような表情で、唇を噛み締めていたが、三國社長を見つめて言った。 「こんな風に足をすくわれたのは、僕の日ごろの行いが悪かったんだと思います。僕のせいで、輝さんまで巻き込んでしまって、こちらこそ、本当に申し訳なく思っています。僕にも責任があるので、彼の罰を、一緒に受けさせてください。僕、Aハウスは辞めます」  賢太郎の発言は、Aハウスにとっては二つ目の爆弾となった。事業部長と総務人事部長は、冷や汗をかき、おろおろし始めた。 「い、いや……、藤宮君……。それじゃあ、君が悪くないのに、うちが追い出したみたいで……」  三國社長の目が、一瞬、光った。そして、一段声を大きくした。 「そうですねえ。これで、藤宮さんが御社を辞めるとなったら、御社の優秀な営業マンを、息子を使って引き抜いたみたいで、正直、私も気が進みません。しかし、本人に落ち度がないのに、優秀な営業マンに営業をさせないというのも、非常に気の毒な話ですなあ」  輝は、大手顧客、しかも相手は大企業の取締役だというのに、全く引かず、自分の思い通りにその場をコントロールして、『勝負あった』の状態に持ち込んだ父の気迫と交渉術に、感嘆すると共に、賢太郎と自分への思いやりに、感動していた。  事業部長と総務人事部長が無言で俯いたままになり、雰囲気が重くなったところで、三國社長が、この場の終結を宣言した。  「重ねてのお詫びになりますが、この度は、愚息が、御社内を騒がせ、優秀な営業マンの未来を奪いかねない事態を引き起こし、本当に申し訳ありませんでした。この落とし前として、愚息は、当分、赤字子会社へ出向させ、ビジネスマンとして、経営者として、修行をさせます。この処分では不十分だというご意見は無いようですので、粛々(しゅくしゅく)と進めさせていただきます。  ただ、赤字で子会社と言っても、息子には、一国一城の主を任せますので、そちらの人事にまで、私が口を出すことはしません。  ……これで、よろしいでしょうか?」  Aハウスの事業部長と総務人事部長は、(はじ)かれたように顔を上げ、うんうんと、(あやつ)り人形のように何度も頷いた。ようやく、自分の立場を思い出したのか、事業部長が、この打合せで初めてまともな発言をした。 「三國社長、三國部長。Aハウスで、こんな下衆な噂が出るようなところをお見せしてしまい、こちらこそお恥ずかしい限りです。三國部長と藤宮君が、誠実な交際をしており、両社に何ら不利益をもたらすような関係ではないということも、改めてご説明いただきましたので、貴社と弊社としては、ぜひとも、これからも変わらぬお付き合いを、お願いいたします」  全員が深く礼をすると、三國社長が輝と賢太郎に目配せし、立ち上がった。一礼して応接室を出て、三國社長は、無言で玄関に向かった。来客用駐車場には輝の車が停まっていた。輝が運転席に、三國社長はその後部座席に乗り込むと、「藤宮君も、ちょっと」と、手招きした。  賢太郎が、おずおずと後部座席に入り込むと、三國社長は、大きな溜息をついた。 「藤宮君。宮仕えとは、サラリーマンとは、大変な立場だなぁ。社員の大事な人生が掛かってるっていうのに、あの事業部長も総務人事部長も、ありゃ、保身とか体裁しか考えてないな。話にならん。あの場で、君が辞めるって言い出して、安心したよ。」  彼は、優しく賢太郎に微笑むと、今度は輝に向かって言った。 「輝。お前が真人間(まにんげん)になったのは、藤宮君のお蔭なんだろう? 俺は気付いてたぞ。世間の人がどう言うかわからんが、俺はお前たちの味方だ。さっきは、ひどい赤字会社だと言ったが、きちんと経営すれば、必ず良い会社になるはずだ。二人で頑張って、立て直しなさい」 「……父さん、本当に色々ありがとう。特に、賢太郎とのことを認めてくれたのは、すごく嬉しい。この恩は、必ず、出向した会社を立て直すことで返します。社長となると、父さんに守られて三國工務店の中でやっていた時とは、また違う悩みも出てくると思うけど、その時は、先輩社長として、これからも相談に乗ってくれると嬉しい」  輝の目は少し潤んでいた。  三國社長は、笑みを浮かべたまま、無言で頷いた。
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