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「あ……あのー、先輩、話聞いてました? 私、けっこう真剣にこちらの事情を述べたんですが……」
距離をつめて来る康太の顔に、理乃は両頬を引きつらせた。
康太は剣呑な笑いを見せた。
「聞いた。だから言ったんだ。『今日は帰さない』って。──本当はまだキスするくらいで終わりにしようと思ってた。だけど、雪村がそういう態度なら話は別だ」
「そ、そういう態度って」
「こっちこそ、さっきの答えを聞いてない。──昨日キスしたのも嫌だった?」
たたみかけるように言いながら、珍しく真剣なまなざしがせまる。まるで酸欠の金魚のごとく口をパクパクさせながら、理乃は下手くそな言い訳を継いだ。
「あー、あれは、その……。私の国ではあいさつみたいなものでして……」
ごく親しい間柄の。
理乃がつぶやくその前に、康太の顔が表情をなくした。
「……俺のくにではあいさつじゃない」
──ああ、奥ゆかしい国ですね。
思った瞬間、唇が柔らかいものにふさがれた。唐突すぎる感触にびっくりして身もだえする。そのまま重いものがのしかかり、どさっと床に倒された。一旦唇を離した後で、理乃を真上から見下ろしながら康太が小さく笑って見せる。
「そうか。だったらこれだってあいさつみたいなもんだよな」
そんなあいさつはありません。
反論を口に出す前に再び唇を奪われる。康太は結構身長があり、やや細身だが鍛えた体は男性らしい厚みもある。その力の差は歴然で、押さえつけられたら身動きもできない。
実は耳年増なだけで、さして異性に免疫のない理乃はカルチャーショックを受けた。鼻血を出してたうぶな彼とは同一人物と思えない。
──だっ……だまされた!
物言いは雑だが面倒見のいい、体育会系らしい性格と、うぶなしぐさにだまされた。血の気が引いた理乃の耳に、はあっと熱い息をもらして康太がダメ押しの言葉を放つ。
「すっげえ久しぶりだから、余裕がなくて優しくできないかもだけど。別にいいよな、あいさつなんだし」
──い、いま、せんぱい、なんていった?
「よよよよくない! ってか久しぶり!?」
目の前にある康太の顔に思わずつっこんでしまった。康太がわずかに身を起こし、心外そうな視線をよこす。
「……んだよ、童貞だとでも思ったか」
──だまされた(再)‼
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