1.部屋

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「あ……あのー、先輩、話聞いてました? 私、けっこう真剣にこちらの事情を述べたんですが……」  距離をつめて来る康太の顔に、理乃は両頬を引きつらせた。  康太は剣呑な笑いを見せた。 「聞いた。だから言ったんだ。『今日は帰さない』って。──本当はまだキスするくらいで終わりにしようと思ってた。だけど、雪村がそういう態度なら話は別だ」 「そ、そういう態度って」 「こっちこそ、さっきの答えを聞いてない。──昨日キスしたのも嫌だった?」  たたみかけるように言いながら、珍しく真剣なまなざしがせまる。まるで酸欠の金魚のごとく口をパクパクさせながら、理乃は下手くそな言い訳を継いだ。 「あー、あれは、その……。私の国ではあいさつみたいなものでして……」  ごく親しい間柄の。  理乃がつぶやくその前に、康太の顔が表情をなくした。 「……俺のくにではあいさつじゃない」 ──ああ、奥ゆかしい国ですね。  思った瞬間、唇が柔らかいものにふさがれた。唐突すぎる感触にびっくりして身もだえする。そのまま重いものがのしかかり、どさっと床に倒された。一旦唇を離した後で、理乃を真上から見下ろしながら康太が小さく笑って見せる。 「そうか。だったらこれだってあいさつみたいなもんだよな」  そんなあいさつはありません。  反論を口に出す前に再び唇を奪われる。康太は結構身長があり、やや細身だが鍛えた体は男性らしい厚みもある。その力の差は歴然で、押さえつけられたら身動きもできない。  実は耳年増なだけで、さして異性に免疫のない理乃はカルチャーショックを受けた。鼻血を出してたうぶな彼とは同一人物と思えない。 ──だっ……だまされた!  物言いは雑だが面倒見のいい、体育会系らしい性格と、うぶなしぐさにだまされた。血の気が引いた理乃の耳に、はあっと熱い息をもらして康太がダメ押しの言葉を放つ。 「すっげえ久しぶりだから、余裕がなくて優しくできないかもだけど。別にいいよな、あいさつなんだし」 ──い、いま、せんぱい、なんていった? 「よよよよくない! ってか久しぶり!?」  目の前にある康太の顔に思わずつっこんでしまった。康太がわずかに身を起こし、心外そうな視線をよこす。 「……んだよ、童貞だとでも思ったか」 ──だまされた(再)‼
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