夢の森に住む仕立屋 ~純白のウェディングドレス編~

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 ある日、森の中。  妖精に、出会った。 「妖精って、本当にいるんだ」  空を覆い隠すほど葉が繁る、大きな木の表面には苔がびっしり生えていた。  その木々の間を、ウスバカゲロウみたいな薄くて緑色の羽が付いた、小さな人っぽいものが飛んでいる。  ふんわり巻かれた髪の毛。大きな目。小さな体に密着したレオタードとブーツ。全てが森と同じ緑色。  妖精のひとりが私の目の前で止まった。 「ミえているコね、アナタ」 「初めまして、妖精さん」 「ニコットよ」 「私は橘 美波(たちばな みなみ)です」 「ミナミ。このモリにクるのはハジめて?」 「たぶん。遠足で公園とか山登りは行ったけど。こんなに大きな木や、苔が生えているのは見たことないなあ」 「ココはフツウのモリじゃないよ。ユメのモリ」 「夢の森?」 「そう。ミナミ、アナタいまきっとユメをミてる」 「これは私の夢? ニコット、あなたも私の夢なの?」 「そう。でもチガうよ」 「そうなのに、違うの?」 「モリはアるの。ミナミ、アナタはイないけど」  森の中を風が吹く。  私と話ししていたニコットは、シャボン玉のように飛ばされ森の中へと消えた。  ニコット以外の妖精も飛んでいるけれど、私の方を見向きもしない。  私から手を伸ばすと、避けるように森の奥へ姿を隠した。  見覚えのないこの森を、私の夢だとニコットは教えてくれた。  でも私が普段から見る夢はいつも同じ。  仕事に遅刻する夢。  お母さんと一緒にいる夢。  彼氏と仲良くする夢。  どれも現実的で、起きたら焦ったり悲しくなったり、余韻に浸りたくなるものだった。 「本当に、夢?」  そういえば私、夢を見る前は何してたかな。  お母さんの四十九日が終わったから、私も前は一緒に住んでいた、お母さんのアパートの部屋の片付けをして。  大家さんに今月分の家賃を振り込んで。  ガスを止めて。  水道と電気はいつ止めようかなあって考えながら。  信号が赤に変わった横断歩道を渡ろうとして。 「あれ? もしかして私、死んでるのかな?」  右から来た白い車に、跳ねられた衝撃までは覚えていた。
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