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田舎の会社は人遣いが荒い、と倉川李花は思う。自分の仕事はデザイナー兼DTPオペレーターのはずなのに、どうして名刺の納品のためにあちこち回らされているのか。
三月から四月は印刷業界の繁忙期で、李花が勤める羽場印刷もずっと慌ただしい日々が続いていた。通常業務以外の仕事をさせられているのは李花だけではない。営業も事務も含めた全員で「納品」と「電話番」をパズルのように組み合わせながらどうにか業務を回していた。
しかし本来の業務ではない納品も悪いことばかりではない。外回りの日は自分の裁量で休憩時間を取れる。李花はカフェロートへ車を走らせた。五月で閉店してしまうカフェロートには、暇さえあれば足を運んでいる。
ランチタイムのピークを過ぎた店の駐車場に他の車は停まっていなかった。ベージュの扉を押し開けると、店内にも客の姿はなかった。これならゆったりと食事ができそうだと李花は思ったが、違和感に気づいた。扉を開ければこの店の店長である来栖光一の「いらっしゃいませ」の声が響くはずなのに、店の中はしんと静まり返っていた。いつもならカウンターの向こう側で姿勢よく立っている光一がカウンターテーブルに突っ伏している。
「来栖さん?!」
叫びに近い声を上げながら慌てて駆け寄る。体調が悪いのか、何かの発作なのか、救急車を呼ぶべきなのか。一瞬の間にさまざまな考えがめまぐるしく駆け回ったが、李花がカウンターに到達すると同時に光一が上体を起こした。
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