遭遇

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遭遇

***  アルダンアには戦士はいない。その代わり、森で猟をする猟師たち十名が用心棒になる。ジェームズもそのうちの一人だった。弓と槍を持ち寄り、先ほどは用意できなかった魔物向けの毒矢も携えて、すぐにも黒竜の後を追う。  人間などあっという間に踏みつぶされてしまうほどの巨大な足跡が、森の方へと続いている。足跡には水たまりのように赤黒い血がたまっていた。いくら手負いとはいえ、見上げるほどに大きな竜だった。あの体が少しもがいただけでも人間は命取りだろう。離れたところから毒矢を目に命中させ、ひるんだ隙にたたくという手はずになっている。  いつあの黒竜に出くわすかわからない。ジェームズたちはできるだけ物音を立てないよう、慎重に足跡を追っていく。 「あれ?」  それにもかかわらず、先頭にいた猟師から緊張感のかけらもない声が上がった。ジェームズは少々呆れてしまう。 「なんだ」 「いや、あれ、なんだろうと思って」  彼の指さす方を、皆が視線で追いかける。すると確かに、黒竜の足跡の先に何かが落ちているように見えた。ジェームズは率先して様子をうかがいに行く。  それは、少年だった。短い黒髪は汗と砂と血で汚れ、全身に裂傷が刻まれ、おびただしい出血のせいで血だまりができている。固く閉じられた瞼はぴくりとも動かないので死んでいるのかと思ったところ、わずかに肩が上下した。息はあるようだ。 「うわあ、かわいそうに」 「もしかして、黒竜に襲われたんじゃないか」  人の好い猟師たちが、誰がこの少年を村に連れて帰るかを相談している間、ジェームズは黙って考え込んでいた。この辺りには、人間の集落はアルダンアしかない。次の人里にたどり着くまでは、大人の男の脚で三日はかかる。それなのにこの少年は、荷物らしい荷物を持っていない。では、盗賊に身ぐるみを剥がされたのだろうか。その割には、獣に噛まれたような傷跡が気になる。いや、それも、盗賊に襲われた後に荒らされたのかもしれない。しかし、何より。  黒竜の足跡が、ここで途切れている。  ジェームズは背中の矢筒に、震える手を伸ばした。魔物向けの強力な毒を塗った矢を準備してある。少年が気を失っている今、やらなければならない。 「ジェームズさん?」  傍にいた猟師仲間が、ジェームズの様子に気付いた。  その時だった。 「レナート!」  どこからか声がしたかと思うと、森の奥から二十代中ごろとみられる若く大柄な男が飛び出してきた。軽装だが、剣と革袋という最低限の装備は整っている。そして、傷だらけの少年を見つけた。まだ息があるとわかって安堵の息をつくと、ジェームズ達をにらみつける。 「お前ら、こいつに何をした」  青年は、ジェームズ達に対して怒りを通り越して殺意を抱いているようだった。ジェームズはその紅の目をまともに見てしまい、内心震えあがった。見てくれは人間だが、先ほどの黒竜や狼と、なんら変わらないほどの圧力を感じる。慌てて矢筒から手を離した。  猟師たちも、皆で必死になって首を振る。 「誤解だ。俺たちが来た時には、もうこの子は倒れていたんだ、信じてくれ! 俺たちは、魔物を退治しに来ただけなんだよ」  魔物という言葉に、青年は目を細めた。 「魔物を退治? あんたらが?」 「この近くに黒竜の姿をした魔物が出たんだ。手負いだが歩き回れるようだった。つい先ほどのことだから、まだこの辺りにいるに違いない」 「へえ。そんなとんでもない魔物に襲われたのに、あんたたちは無事だったんだ。良かったな」  まったくもって、「良かった」と思っているようではない響きだった。少なくとも、ジェームズにはそう聞こえた。 「他の魔物に随分やられていたから、人間を襲うことなく逃げて行ったのさ。でも、あの時人間を食っていないからこそ、きっと凶暴になっているに違いない。だから十分に気を付けないと」 「はいはい、ご忠告どうも」  恐ろしい話に、青年は全く動じない。むしろ迷惑がっているようだ。少年を抱きかかえて踵を返そうとしたところを、猟師が止める。 「おいおい、どこへ行くんだ」 「どこって。そんなのあんたたちに報告しなきゃだめ?」 「とんでもない魔物が出たばかりなんだ。この辺りは危ない。良かったら、村へ来ないか。と言っても、魔物に襲われたばかりで、何もないが……用心棒になってくれるのなら宿代はいらないから」  その猟師は青年が腰に剣を携えているからそう言ったのだろうが、ジェームズは恐ろしく思った。誰も気づいていないのだ。この青年が普通の人間とは思えないほどの殺気を放っていることを。村に呼ぶなど、とんでもないことだ。  幸いなことに、青年はその提案を一蹴した。 「お断りだ」 「しかし、この辺には他に人里なんかないぞ。どこでその子を治療するんだ」 「それはこっちが心配することで、あんたらが気にすることじゃない。こいつは俺の連れだから、俺がなんとかする」  青年は、猟師たちの厚意が心底疎ましいようだった。妙に敵意のある言い方で吐き捨てる。 「ご心配いただき、どうも、アリガトウゴザイマシタ」
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