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黒竜の真意
***
額に冷たい滴が落ちてきて、レナートは目を覚ました。暗い。洞窟の中だろうか。眩暈と体の痛みが酷く、起き上がることができない。
「あ、起きた」
すぐ傍にはふてくされた青年、エディの姿がある。ただでさえあまり良くない目つきが更に鋭いのは恐ろしいが、現状確認は必要だ。
「ここどこ?」
「アルダンアからちょっと離れた洞窟の中。平原は遥か彼方。気分は?」
「最悪」
「だろうな。人間なら三回くらい死んでそうな怪我だった」
「何それ」
「反省しろって言ってんだ、くそったれ」
エディは普段からあまり言葉遣いが良くないが、今日は一際機嫌が悪い。恐ろしい目付きでレナートの様子をうかがっている。
「傷はどう? あんまり治ってるように見えねえけど」
「それは時間が経てばなんとでもなるよ。それより、エディがあの人たちを皆殺しにするんじゃないかって心配で心配で、心臓が破裂しそうだった」
「あっそう。そりゃおめでとう。一回くらい破裂した方が懲りるんじゃねえの?」
「心臓は破裂したってすぐ元に戻るから、反省はしないよ」
エディはため息をついた。皮肉が全く通用せず、顔を大きくゆがめている。
「一人でかっ飛ばすなって、いつも言ってるだろ」
「飛ばなきゃ間に合わなかった……間に合ったって言えるのかわからないけど」
あの村で最初に出くわした少女を思い出した。まだ十にも届かないようなあどけない少女だったのに、赤ん坊を抱えていた。あの少女の子供ではありえない。赤ん坊を抱えるべき親が、すでにいなかったからなのではないか。そう考えると、どうしようもなく胸が痛んだ。
「だいたい、その怪我なんだよ。魔物ってそんなに強い奴らだったのか?」
「うん、まあ……数が多かったから」
「本当にそれだけなら、矢傷なんかないはずだよなあ」
レナートは押し黙った。傷の半分は魔物から受けたものだが、残りの半分は村人からのものだ。それは、エディにもわかっているようだった。悔しそうに歯を食いしばってから、頭を掻きむしった。
「それで、村の魔物は倒したのか」
「うん」
「でも依頼された仕事じゃないから金取れないもんなあ」
「だから君は来なくていいって言ったんだ。ただ働きになるのはわかってた。僕が好きでやってるんだから」
「やっぱり情報流してくれた人間、くびり殺しておけばよかった」
「エディ、言っていいことと悪いことが」
「お前、どうかしてるよ」
エディの声が震えている。
「なんでお前が命かけなきゃいけないんだ。あんな屑どものために」
彼の人間嫌いは筋金入りだ。だから、人間のせいで仲間が傷つくことが耐えられない。生まれた場所も年齢も育った環境も何もかも違うが、レナートのことは仲間だと認識してくれているようだった。それだけに、レナートも申し訳ないと感じてはいるが、譲れないものはある。
「人間を好きになってほしいとは言わないけど、罪のない人にまで手を出さないでね。僕が体張った意味がなくなるから」
「罪がないなんて、本気で言ってんのか。あいつら、村を助けたお前にとどめ刺そうとしてたんだぞ。俺が来なかったらどうなってたと思ってる」
それなら、レナートも霞みがかった意識の中、うっすらと把握していた。猟師たちのほとんどはお人よしばかりだったが、一人だけ自分の正体に気付いていた者がいた。五体満足ならともかく、あの状況で毒矢でも撃たれていたら、さすがに命がなかっただろう。
「心の底から感謝してる。ありがとう。助かった」
「礼を言えって言ってんじゃねえんだよ!」
「村を守るためには、当然の行動だよ。人間の方からしてみたら、僕と狼たちが餌場を争っているように見えたはずだから」
「あー」
エディは頭を抱えた。
「お前と話してると頭おかしくなりそう」
「毒されたほうが楽なんじゃない?」
「絶対に嫌だ俺は絶対に間違ってない毒されるなんてありえない」
エディは盛大に舌打ちして、そっぽ向いた。
「やっぱりお前とは組めねえわ」
そう言いながら、ここを離れることはしない。口は悪いが心優しい同胞の姿に、小さな黒竜はそっと微笑んだ。
了
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