地獄のシチュエーション

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地獄のシチュエーション

 開放的な居酒屋で重苦しい雰囲気が流れていた。周りは意気揚々とお酒の力を借りて、はしゃいでいる。私たちだけだろう、こんなに重苦しい雰囲気が流れているのは。 「……レインさん、電話鳴ってますよ」  テーブルに置かれたスマホが存在を示そうと光っている。名前の欄には『元嫁』と表示されていた。その言葉を見て、別にショックとかはない。レインさんが結婚したことも、小学校1年生になる子どもがいることも、その後、離婚したことも知っている。 「いい、ゆんちゃんと喋りたいから」  レインさんは画面を見ずに、スマホの画面を裏返した。隙間から漏れたスマホの光が私へ静かに訴えかけてくる。 「よくないですよ」  私は体裁的に言葉を繕う。やましいことなんて何もない。レインさんが病んでいたことは知っていたし、過去の出来事もあって突き放すことができなかった。これは私の優しさでもあり、弱さでもある。  だけど、私はレインさんのことを好きじゃない。放って置けないだけだ。ただ、それだけ。 ***  私は某テーマパークで働いている大学一年生。初めてのアルバイトに緊張しつつ、先輩方から口頭で伝えられる台本を覚えるのに精一杯だった。それでも私が小さい頃に遊びに来ていたテーマパークで働けるのは、たとえ時給が安くてもいいと思った。  人生で一度でもいいからテーマパークで働きたいと思っていたし、将来訪れる就職面接に備えて人前で話す練習をしておきたかった。  先輩にフォローされつつ働き初めて数ヶ月後。元々勤務していた男性の先輩が戻ってきたと話題になっていた。 「はじめまして、レインです。出戻りしてきました」  ここでは本名を使わない。小さい子向けのテーマパークだから、子どもに名前を覚えてもらうために自分でニックネームをつける。私のテーマパークネームは『ゆん』だ。  レインさんは私がお世話になっている先輩たちに囲まれていた。テーマパークということもあり、私のステージ部署は女性が圧倒的に多かった。女性は20名以上いるなか男性は5名と少ない。  レインさんは26、7歳ぐらいだろうか。前の職場でいろいろあったのか、そもそも痩せ型なのかは分からないが痩せ細っているように見えた。 「そうそう、高校生の子がね。いるんよ」  私とマンツーマンで教えてくれる女性の先輩が、私を紹介しようと振り向いた。私は先輩方がいる輪の中に駆け寄る。  まだ正式には高校を卒業していない。卒業見込み、という形でアルバイトを始めた。今となっては人手不足で高校生があふれているが、当時は高校生で働く子たちは少なく、この部署では私だけだった。要するに、私が一番年下で同い年の子はいない。顔をあわす人がみんな先輩だ。 「はじめまして、ゆんです。至らぬ点があるかもしれませんが、これからよろしくお願いします!」  私は頭を下げて挨拶をする。顔をあげれば、レインさんは優しく笑っていた。 「こちらこそ、よろしく。僕がいなくて以前と変わったところがあったら遠慮なく言ってね」  レインさんは大人しく笑った。ここにいる人達はとにかく元気で、声が大きい。レインさんは対照的な人だと思った。
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