第三話「疾駆」

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 つま先で貧乏ゆすりしながら、怒鳴ったのはナコトだった。 「早くしろ、メネス! この爆発的な呪力は……」 「ええ。ホシカですね。私の呪力検知器(メーター)も振り切れています」  首肯したミコも、腕組みして貧乏ゆすりしていた。  地下牢で、異常が起きている。戦闘? 脱走?  問題は、地下への通路をふさぐ巨大な鉄扉だった。  じゃらじゃらいうカギの束の中から、メネスは必死に扉の錠前に合うものを探した。 「安全第一で牢番を退避させたのがあだになった……これも違う、これも。ええい、昔から大きな扉にはいい思い出がない!」  リーダーの情けない体たらくを受け、ナコトはとなりのミコに視線で合図した。 「やるか?」 「はい」 「はじめて気が合ったな」  ナコトの銃声と、ミコの剣戟は重なった。  直後、撃ち抜かれて斬り裂かれた鉄扉を乱暴に蹴り開け、ナコトとミコは地下牢に飛び込んでいる。  聞こえたのは、まっぷたつに切断された鉄格子が床に落ちる地響きだった。まだ真っ赤に焼けてかげろうをあげるのは、鏡のごとき鉄格子の断面だ。  そしてその手前に見えたのは、倒れたイングラムと、全身あらゆる場所から光の翼を展開したホシカだった。あろうことか、ホシカはそのまま囚われのルリエの鎖まで引きちぎり始めたではないか。  ナコトとミコに気づき、イングラムは叫んだ。 「ホシカを止めてくれ! 彼女はルリエの洗脳に支配されている!」 「ルリエの狙いがわかりました。ホシカです」  ナコトの脇をすり抜け、地下牢に踏み込んだのはミコだった。目にも留まらぬスピードで鞘を飛び出した白刃が、ルリエを襲う。  灼熱音とともに、ミコの刀は弾かれた。  限界を超えた呪力に形成されたホシカの光の翼が、ミコの攻撃を防いだのだ。あの感情豊かなホシカの瞳に、いまや人間らしい色味はない。  弾き飛ばされたミコは、勢いを殺さず旋回した。 「斬撃段階、ステージ(3)……〝超深層(ちょうしんそう)〟」  強烈な補助ブースターの加速に後押しされながら、ミコは長刀を振り抜いた。だがこれもホシカの翼に受け止められる。角度を変えて、こんどは逆袈裟から剣風を一閃。やはりホシカの翼に防がれてルリエには届かない。斬る斬る斬る。防ぐ防ぐ防ぐ。打ち込まれた光の翼刃(ブレード)を続けざまに白刃で弾き、ミコは火花をあげながら後退した。  鉄鎖のこぼれる響きとともに、立ち上がったのはルリエだ。目隠しを即座にちぎり捨てると、眼前に手のひらをかざす。 「もう手遅れよ。〝石の都(ルルイエ)〟」 「させるか!」  とっさに起き上がったイングラムは、攻撃範囲内のナコトとミコを突き飛ばした。  身代わりに、超高圧の重力場を浴びてひしゃげるイングラムの手足……  気を失って倒れたイングラムに、ルリエの卑猥な触手は素早く絡みついた。独房の壁を木っ端微塵に粉砕すると、見えたのは地下水道の濁流だ。イングラムを小脇にかかえたまま、ルリエはささやいた。 「もう知ってるわ、この坊やが召喚士ってことも。カギは手に入れた。残された短い時間で、あなたたちはせいぜい幻夢境の澄んだ空気を楽しむことね」  脱出口の大穴に足をかけ、ルリエは残された敵手に指だけで敬礼してみせた。 「〝よい旅を(グッドラック)〟」  水しぶきとともに、ルリエの姿は濁流の中に消えた。  続いて戦闘機に変形したホシカも、その後を追って……  銃声の連続とともに、ホシカは独房の床に叩きつけられた。起き上がったナコトが、障害物のミコを避けて発砲したのだ。正確に魔法少女の衣服だけを撃ち抜いたナコトの技術は、驚嘆に値する。  もとの姿に戻って失神するホシカへ、急いでひざまずいたのはメネスだった。壁に開いた大穴と少女たちを交互に見やりながら、呆然とつぶやく。 「そんな……」
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