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宮殿のもより、マクニール総合病院は連日のように慌ただしかった。
今回の防衛戦によって負傷した呪士や衛兵の手当て、そして……
目覚めたホシカの視界に飛び込んできたのは、前にも見た病室の天井だ。
上半身を起こそうとしたが、なぜか動けない。まがりなりにもルリエの催眠術に操られていたホシカの手足は、耐呪力製の手錠でベッドにつながれている。
長刀を肩にもたせかけ、ベッドの横にはミコが座っていた。あちらとこちらの壁に物憂げに腕組みしてもたれかかるのは、ナコトとメネスだ。
皆が皆、沈鬱な空気に落ち込んでいた。
とくに暴れることもせず、むしろ申し訳なさげにつぶやいたのはホシカだ。
「すまねえ、油断した。きちんと耳にも呪力の栓をしてりゃ、ルリエの洗脳も防げたかもしれないのに」
「支配は解けたようですね」
答えたミコは、ホシカの拘束具を順番に外した。外しながら、たずねる。
「残っているんですか、操られていた間の記憶は?」
「情けないが、しっかり覚えてる。じぶんの欲求をおさえきれず、ただひたすら暴れるのを楽しむあの感覚は、思い出しただけでも吐き気がするぜ。まさかあたしに、あんなでたらめな力が眠っていたなんて……ごめんなミコ、喧嘩を吹っかけちまって」
悲しげな顔つきで、ミコは首を振った。
「私こそ、力不足でした。ホシカの第四関門の力にほとんど歯が立ちませんでした」
続いたのは、壁際のナコトだった。
「ルリエの催眠能力をあなどっていた。まさかあそこまで深海の呪力を取り戻していたとは……わたしの不覚だ」
大昔の不発弾に触れる慎重さで、ナコトは問うた。
「ホシカ、教えてくれ。イングラムの書きかけの議事録を見た。ルリエが、目的のひとつとして凛々橋……凛々橋恵渡の蘇生だと言ったのは本当か?」
「ああ、そう聞いた。その、凛々橋ってひとは、訳あって亡くなったんだってな?」
かすかに震える手でメガネを正すと、ナコトは噛みしめるように答えた。
「凛々橋は、わたしのせいで死んだ。彼のことをそこまで想っていたのか、ルリエは」
暗く瞳を伏せたまま、メネスは口を挟んだ。
「すべての責任は、計画の発案者のぼくにある。きみたちに協力をあおいだのは、完全な人選ミスと言わざるをえない」
メネスの非情な追い打ちにも、今回ばかりはだれも反論しない。
胸元でにぶく光を反射するネックレス……チェーンを通された古い空薬莢を神経質な手つきでいらいながら、メネスは愚痴った。
「やはり無理矢理にでもプランB……フィアの軍隊を用意するべきだったか」
その単語に反応したのはミコだった。
「不可能です。地球側であなたが使える魔法陣は、最低限を残して封じられています。組織は今回、あなたの残していった資料から計画の一部をあらかじめ予期して、私を研究所の魔法陣に配備しました」
「そのとおり。ぼくが苦心して作ったフィアのコピーも、すべてきみに斬り捨てられてしまったしね。圧倒的に材料不足だ」
ネックレスを放した手で、メネスは疲れがちに眉間をもんだ。
「今回のミスが知れたら、軍法会議で処刑されるかもしれないな、ぼく。会議を開くセレファイスが、滅びずに残っていたらの話だが」
すがるように質問したのはホシカだった。
「イングラムはどうなった?」
「おそらくまだ生きてはいるだろう。幻夢境でも地球でもない第三世界への扉を開く媒介に利用され、侵略があるていど完了したあとに始末されるはずだ。そうなれば、ミコはぼくの召喚術でなんとかなるだろうが、ナコト、ホシカ。きみたちはもとの世界へ帰れなくなる」
毛ほども鉄仮面を崩さないナコトとは逆に、ホシカは顔つきを険しくして問うた。
「どこに捕まってるんだ?」
「ついさっき偵察隊から報告があった。ここからそう遠くはないイレク・ヴァドのガラスの塔に、イングラムは囚われている」
だれよりも早く、長刀を片手に立ち上がったのはミコだった。
「救出に向かいましょう。彼には大きな借りがあります。さっき彼は身を挺して、ルリエの攻撃から私とナコトをかばってくれました」
つれない表情で、メネスは首を振った。
「すでに都が自力で編成した討伐隊が、イレク・ヴァドへ向かっている。腕利きの呪士と騎士からなる一個大隊だ。このあとぼくも追いつく」
異議をとなえたのはナコトだった。
「無謀すぎる。すでに何度も経験したろう。呪力があるとはいえ普通の人間に、ルリエは倒せない」
「やってみなければわからないよ。窮鼠が猫を噛むかもしれないぞ?」
立ち尽くしたまま、ホシカは疑問を口にした。
「じゃあ、あたしたちはどうすれば?」
「結論から言おう。セレファイスはもう、きみたちの力は借りない」
そっけなく突き放され、さすがの少女たちも沈黙してしまっている。
出口の扉に、メネスは決然と手をかけた。
「安心したまえ。きみたちをもとの世界へ無事帰す手段は、時間をかけてでもかならず見つけてみせる。だからそれまでは、おとなしくしていろ」
それだけ告げると、メネスは病室から立ち去った。
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