第三話「疾駆」

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 規律正しくイレク・ヴァドを進攻するのは、セレファイスの兵士の軍団だった。  武器術に長けた戦士が二百五十名。高い制圧力をもつ呪士が二百五十名。これほどの数を動員しての戦いは、あの伝説に名高い〝光と闇の戦争〟以来かと思われる。  討伐隊の先陣を切って歩くのは、このふたりだった。  機能美に覆い尽くされた全身鎧をまとう討伐隊長のエイベル、そして信じがたいほど長大な剣を背負う風の呪剣士アリソンだ。  不意に、それを指さして叫んだのはアリソンだった。 「あれは!?」  天を衝くガラスの塔の最上階が、大きく輝いたのだ。太い一本に集束した光の柱は、そのまま雷雲を貫いて空へ抜けている。  刹那、空へ描かれたのは巨大な魔法陣だ。  不吉な静寂のあと、それは起こった。  空の魔法陣を抜けて、なにか丸いものが落ちてきたではないか。落下の流れはさいしょは緩やかだったが、しだいに雪崩(なだれ)のように激しく数を増していく。  おもちゃ箱をひっくり返したようにこぼれ落ちるのは、大きな球と球をいくつも連結した人型の物体……ジュズだった。  そしてこんどのジュズは、生きている。地上に降り立ったジュズたちは、そのまま丸い手足で獰猛に討伐隊めがけて疾走した。またあるジュズの一塊にいたっては、球を横並びに生やした翼から反重力と思われるものを放って空を飛来してくる。  青ざめた顔で、アリソンは背中の大剣の柄に手をやった。 「多すぎます……こっちの頭数をはるかに上回ってるじゃありませんか」 「一般住民の避難は完了してる……やるっきゃねえな」  冷や汗をぬぐって、隊長のエイベルは答えた。陸と空から津波のように押し寄せるジュズの大群めがけて、長剣の輝きをかかげる。 「総員! 戦闘開……」  最近なにかと、エイベルは最後まで言い終えることができない。  ジュズの軍隊がいっせいに、頭部の瞳を輝かせたのだ。膨大な熱と衝撃を秘めて飛来した光線は、さっそく討伐隊の片翼を吹き飛ばしている。  未知の遠距離攻撃に、エイベルはうめくことしかできなかった。 「なん、だと……総員、撃てェッ!」  矢や槍を放ち、呪力の火球や鎌鼬(かまいたち)を放つ部隊だが、焼け石に水だった。こちらよりよほど統制のとれた動きで、ジュズの光線の雨はたちまちセレファイスの布陣に穴をあけていく。地面の爆破に吹き飛ばされた戦士たちを追うのは、痛々しい悲鳴と絶叫だ。 「くそ、このままじゃ戦う前に全滅だ……うおッ!?」  ひときわ激しい爆発に、馬ごとエイベルは地面に投げ出された。  すかさず起きて見上げた空を、ああ。羽つきのジュズの大群が、おぞましい異音を残して通過していく。  血が出るほど長剣を強く握りしめ、エイベルは絶望した声をもらした。 「あっちは都の方角だ……」  悪夢はさらに続いた。  ガラスの塔から身を投げた人影は、あっという間に巨大化し、地鳴りと土塊を猛烈にあげて地面に降り立っている。  その怪物の体高は、遠目に見ても五十メートルを下らない。  天を覆う骨ばった翼膜に、鱗に覆われた筋骨隆々の巨体、たくましい腕の先で軋みをたてるのは建物より大きな鉤爪だ。凶光を放った瞳の下、その口もとでは吸盤のついた数えきれない量の触腕がまがまがしく蠢いている。  とうとうルリエが、クトゥルフの全力を解き放ったのだ。  地を震わせて歩む超巨大な怪物に、狂気丸出しのジュズの大群……セレファイスの討伐隊がその毒牙に飲み込まれるまで、あと数秒もかからない。  ジュズから放たれた光線は、まっすぐメイベルを狙った。死を覚悟し、目をつむる。 「ここまでか……」  鉄を熱する響きとともに、光線は弾き返されていた。  エイベルの眼前に魔法のように浮かぶのは、金属製の盾だ。  見よ。両手に呪力の稲妻をまたたかせ、エイベルの前に立ちふさがる背中を。  悲愴な声音で、その名を呼んだのはエイベルだった。 「なんで来た、メネス?」 「立て、エイベル」  魔法陣に輝く両手を構えたまま、メネスは背中越しに告げた。 「前にも言っただろう。ぼくたちは人を救い、その救われただれかに、明日を夢見る役目をたくすと」   大挙するジュズの群れを前にしても、メネスに物怖じした様子はない。  長剣を杖代わりに立ち上がると、エイベルは震える声で答えた。 「そうは言っても、俺とおまえだけでどうにかできる問題じゃ……」  メネスは不敵に笑った。 「ぼくらだけじゃない」  かん高い飛行音が、空に響き渡ったのはそのときだった。
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