第三話「疾駆」

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 日本、赤務市。  こちらの時間では、いまは真夜中だ。  いびきをかいて眠っていた褪奈英人(あせなひでと)は、いきなり叩き起こされるはめになった。がたがた震える携帯電話を手探りで掴むと、通話ボタンを押す。 「っせえな。だれだよこんな夜中に?」 〈私です、ヒデト〉  ヒデトのつけた電灯は、そのくせ毛だらけの頭を照らした。 「ああ? ミコ? 変えたのか、ケータイ?」 〈はい、くわしい説明はまたのちほど。いま自宅ですね?〉  頭をかいてあくびしながら、ヒデトは答えた。 「あたりまえだろ。いま何時だと思ってやがる……なんだそっち、やけに騒がしいな。戦争でもやってるのか?」 〈さすが、勘が鋭いですね。大至急、美樽(びたる)山の研究所へ向かってください〉 「はあ? なんだよいきなり?」 〈ヒデトの〝黒の手(ミイヴルス)〟の能力で〝熱砂の琴(イズルハープ)〟を送ってほしいんです〉  驚きに、ヒデトは一メートルも跳ね上がった。 「い、いい〝熱砂の琴(イズルハープ)〟だって!? 組織に無断でか!? ってーかおまえ、いまどこでなにしてる!?」 〈おっしゃったように、戦争です。現在と未来の。詳細は戻ってから報告しますし、組織への始末書も私が書きます〉 「いや簡単に言うけどな、けっきょく研究所に忍び込むのは俺だぜ?」 〈そうですね……あとは一回、あなたの勉強を肩代わりしましょう。あいた時間でデートしません?〉 「あれだけかたくなに宿題の代行をこばんでたおまえが、まさか自分からそれを切り出すなんて。ただごとじゃなさそうだな。どうなっても知らないぞ?」 〈ありがとうございます。その、遠く離れた場所で、ヒデトの声が聞けて嬉しいです〉  携帯電話を肩と耳ではさんだまま、おおいそぎで着替えしながら、ヒデトはほほ笑んだ。 「俺もさ、ミコ」
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