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第四話「交錯」
迫りくるジュズの洪水めがけ、討伐隊は咆哮をあげて突進した。
おお。常人の足よりはるかに早く走り、みるみる部隊を追い抜いてジュズの集団に跳躍した者がいる。ふたり。
ナコトとミコだ。
飛来したジュズの光線をスライディングして回避するや、ナコトの両手は豪快に銃火を吐いた。一挺で正面を照準し、脇の下から右を狙って同時に連射。肩越しに背後へ銃口を向け、交叉したもう一挺で左をポイントして撃つ撃つ撃つ撃つ。舞い踊るような激しい火線の竜巻に、射抜かれたジュズたちはたちまち解体して地面を跳ねた。
ジュズが不死身でないことは証明されたのだ。
忽然とかき消えたミコの姿は、次の瞬間にはジュズたちの背後に現れている。凍えた納刀の鍔鳴りとともに、何体ものジュズがいっせいに両断されて横にずれた。放たれた熱線をかわし、間髪入れず空中へ宙返り。上下逆さまのまま縦横無尽に乱れ舞った銀光の五月雨が、襲撃するジュズを正確に斬る斬る斬る斬る。
あっという間に、ジュズの包囲網に空白ができ始めた。
その上空、戦闘機形態のホシカを追うのはたくさんの羽つきジュズだ。
戦闘機のどこかから、ホシカは裂帛の気合をはなった。
「こっちも大人気だな! じゃ、はでに披露するぜ! ケガの功名ってやつを!」
空飛ぶジュズの大群は、端から端へいっきに切断されて墜落した。
戦闘機から、膨大な光の翼が広がって羽撃いたのだ。いつかの地下牢で、ルリエにむりやり引き出された能力だった。弾丸のごとく急加速した翼の輝きは、すさまじい熱量・速度・切れ味をもってジュズたちをつなぐように切り裂いていく。
「ぅおっと!?」
戦闘機の光は、唐突にその軌道を変えた。
長大なルリエの触腕が複数本、飢えた毒蛇のように襲いかかったのだ。螺旋状に高速回転して触腕を振り払い、変形を解除。人の姿に戻って、巨人の腕の上に降り立つ。
クトゥルフの大怪物は、ルリエの声で怒号した。
「うっとうしいわよ、魔法少女!」
「邪魔すんな、怪獣! おまえは、あたしたちを怒らせた!」
突き入れられたルリエの巨拳と、はなたれたホシカの鉄拳は正面衝突した。
ルリエと対比してハエのように小さなホシカだが、その力は強い。激突の衝撃波を広げながら、ルリエは思わずたたらを踏んだ。同じくホシカも、吹き飛ばされてガラスの塔に頭から突入している。
がれきの山からすぐさま立ち上がると、ホシカは頭を振ってガラスの破片を払った。
そのまわりには、続々と翼あるジュズが降下している。
いまいましげに、ホシカは舌打ちした。
「ったく、つぎからつぎへと湧きやが……ん!?」
驚愕に、ホシカは眉は跳ね上がった。
となりのがれきを突き破り、もうひとりの人影が身を起こしたのだ。ジュズではないホコリまみれの人物を、ホシカは思わず心配した。
「おい、大丈夫か!?」
「うん、なんとか……」
ホシカに手を借りて立ち上がったのは、そう歳の違わないひとりの少女だった。体中からガラスの破片を払いながら、少女はていねいにホシカヘ頭を下げている。
「ありがとう」
「どういたしまして。いったい、どっからまぎれ込んだ?」
頭のてっぺんから爪先まで彼女の姿を見渡し、ホシカはある結論に達した。
「その制服……あんたも美須賀大付属か?」
「うん、そうだよ」
能天気に答える彼女とは裏腹に、ジュズたちに人間らしい感情はない。たえまなく視線をうろつかせながら、少女ふたりへの包囲をぐっとせばめる。
身構えながら、ホシカは警告した。
「だれだか知らねえが、危ないからとっとと逃げな」
「さっさとイングラムを助けにいくのは、きみのほうさ。ここはまかせて」
雷に打たれたように硬直し、ホシカは問い返した。
「なんだって? なんであいつのことを?」
「召喚されたのが、きみたちだけだと思った?」
感触を確かめるように大きく深呼吸すると、少女はつぶやいた。
「ああ、この場所にも〝星の記憶〟はたくさんあるね」
ホシカの片目に縫い込まれた五芒星は、強く反応して脈打った。
強大な呪力が、堰を切ってとなりの少女から溢れ出したのだ。濃い呪力の炎に包まれたまま、少女はジュズの群れを指差した。低い声で、呪われた言葉をつむぐ。
「結果呪〝輝く追跡者〟……やつらを倒せ」
信じられない現象は、次の瞬間に起きた。
虚空から現れて続けざまに炎の尾をひいたなにかが、だしぬけにあたりのジュズを撃ち抜き始めたではないか。ことごとく蜂の巣と化して、ジュズたちはどんどん塔の外へ弾き飛ばされていく。
ジュズたちを襲う謎の火球の正体は、よく目を凝らせば灼熱した岩石の破片……つまり〝隕石〟だということがわかったはずだ。だが、惑星の大気を突破して、なぜいきなり偶然ここに、それも大量に、ホシカと少女だけを避けてこんな代物が降り注ぐ?
目の届く範囲のジュズは、あらかた隕石に消し飛ばされた。暴風のごとき一方的で圧倒的な蹂躙劇に、ちいさく口笛を吹いたのはホシカだ。
「やるじゃねえか。助かったぜ」
急いできびすを返しながら、ホシカは自己紹介した。
「あたしは伊捨星歌だ。あんた、名前は?」
隕石の残した燐光に幻想的に顔を縁取らせながら、少女は名乗った。
「ぼくはセラ。井踊静良。星の記憶の〝結果使い〟さ。さあ、早く行って」
「ありがとよ!」
ふたたび戦闘機に変形して飛んだホシカを、セラは手を振って見送った。
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