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戦いの翌日……
セレファイスの都の北西部に、その広い共同墓地はあった。
緑に囲まれた霊園のみずみずしい芝生を、そよ風は幾重にも波打たせて鳴らしている。
丹念に手入れしたひとつの墓標へ、メネスはおもむろに花束をそなえた。耳に心地よい自然の葉擦れに、優しげなささやきが混じる。
「ごめんね、フィア。前の墓参りからずいぶん間が開いてしまった。ずっと戦争の毎日だったんだ」
骨折の判明した片腕は三角巾で吊られ、衣服の内側にも肋骨を固定する窮屈なコルセットが巻かれている。傷のひどい顔も絆創膏だらけで、頭に巻かれるのは白い包帯だ。
「ありがとう、フィア。きみの言うとおりだったよ。世界は危機に襲われ、そして救われた。あの日偶然、魔王ときみを召喚したのは間違いじゃなかったんだ。あの召喚がなければ、いまごろ幻夢境は滅びていた。直接会って話すことができないのは残念だけど、きみもカラミティハニーズの一員だ」
「そちらのお墓に、タイプFが?」
ひそやかにたずねたのは、うしろにたたずむミコだった。じぶんの系列機が葬られていると聞き、いちおう調査の名目でついてきたのだ。
愛しげに墓標に触れながら、メネスは首を振った。
「じつのところ、棺桶は空なんだ。中に眠っていたフィアは十数年前、ぼくが地球へ連れて行った」
機械らしからぬかすかな動揺が、ミコの表情をかすめた。
「組織の研究所に、あなたが転移してきたときのことですね?」
「幼い褪奈くんを守っていただけのきみに言っても、詮無いことだがね。現実世界を訪れたぼくはあやうく標本として捕まりかけ、フィアは即座に破壊された。それはもう、気が狂うほどひどい仕打ちだったよ。知ってのとおり、逃げるついでに大暴れしてやった。そして生まれたのさ、史上最悪のテロリスト・砂目充は」
「フィアの喪失が、地球を敵視するきっかけとなったわけですか……」
たたずむふたりの頭上を、美しい白鳩の群れが羽ばたいていった。
「振り返れば残酷な話だ。魔王……タイプNの襲来からフィアの死、のちのイレク・ヴァド決戦の勝利までは、すべてひとつながりに運命づけられていたらしい。ちょうど現実世界で、きみの心が〝人間の感情〟を芽生えさせたころ、ぼくは組織の情報網のかたすみにジュズの存在を見つけた」
険しい声で、メネスは告げた。
「確認したところ、ジュズはありとあらゆる時代に出没しているようだ。地球の四千年以上前のタッシリ・ナジェールの壁画や、古代エジプトの死者の書のメジェド、日本の縄文時代の遮光器土偶等々に、その痕跡は多く残されている。おそらくは、未来の謎の存在が試験的に送り込んだものだろう。そしてそのタイムトラベルは、目標である現代をすこしずつ照準にとらえつつある。今回のルリエの幻夢境への侵入は、その最たる証拠だ」
皮肉げな笑みを唇にためると、メネスは続けた。
「それはぼくも最初は、地球に対して私怨たっぷりだったがね。地球のみならず幻夢境まで狙われていると知っては、四の五の言っていられない。だからぼくはあの手この手を使って、褪奈くんの力を頼ったのさ」
「あなたの行いの正当性は、じゅうぶんに理解しました。地球と幻夢境の平和に対しての貢献は、大変評価されるべきものです。ですが一方では、犯したその罪も償わず済まされるようなものではありません」
「やはり逮捕されるのかな、ぼくは?」
「はい、いずれそのうちに。まず、もうヒデトに手出しをする必要はありません。これいじょう私に、フィアの模造品を斬らせないでください。いざというときは、カラミティハニーズの力を頼るべきです」
「心強い。承知した」
うなずいたメネスのとなりで、ミコもフィアの墓標へしゃがみ込んだ。顔の前で両手をあわせて、静かに目をつむる。苦笑いとともに、指摘したのはメネスだ。
「嬉しいことだが、宗教が違わないかね?」
「私は現在、日本向けの仕様です。平和のために散った姉ないし妹を悼むのに、ポーズにこだわる必要はないでしょう?」
「人間と呼んでくれるのか、フィアのことを……ありがとう、ミコ」
適切な時間をかけて黙祷を終えたのち、ふたりはそっと立ち上がった。
常と変わらぬ怜悧な顔つきに戻り、うながしたのはミコだ。
「残された時間はそう長くありません。ジュズの残骸の調査を行いましょう」
「賛成だ。すみやかに、ジュズの背後にひそむ黒幕の正体をつかまなければ」
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