第四話「交錯」

6/15
前へ
/32ページ
次へ
 最低でも三日間は、ジョニー・イングラムの呪力の使用を禁ずる。  マクニール総合病院の医師がだした診断は、それだった。  大召喚の生贄にされて衰弱死の一歩手前まで呪力を奪われたうえ、全身の複雑骨折も看過できない。そんな状態でむりに少女たちの転送を行えば、また命にかかわる。すくなくとも三日間は、絶対安静が必要だそうだ。  そういった経緯で少女三名は、幻夢境でおのおの三日間限定の自由行動をとっていた。  まずはナコトだ。  厚手の防寒着をまとったナコトは、カダス山のあまりの寒さにまだ身を抱いて歯の根を震わせている。あらぶる吹雪にメガネも凍ってしまい、一歩先すら見えない。  その前方をとことこ歩いて先導しつつ、子イノシシのテフは不平を口にした。 「いまにも死にそうなツラしてるなァ、ナコトさんよ。別荘に連れてけって言ったのはおまえだぜ?」 「ななな、なんて寒さなの……こう、なんていうかね、もうちょっと、海でも見える快適な空間を想像してたわ、わたし。うううう」 「インクアノクの海まで、歩いて何週間かかるかわかんねえな」  くしゃみを連発すると、ナコトは鼻をこすりながら愚痴った。 「なんだか猛烈に帰りたくなってきたんだけど。あったかいセレファイスへ」 「そんなこったろうと思って、さきにシャンタク鳥に手紙を運ばせといたぜ。城をきっちり温めとけって内容でな……おら、ついたぞ」  雪山に忽然と現れたのは、縞瑪瑙(アゲート)でできた巨大な城だった。城の外観には、同じ素材でできた小塔が混沌とひしめいている。  ぽっかり闇を開けた入口へ、テフは平然と踏み込んだ。 「お邪魔しま~す……あれ?」  テフに続いて抜き足差し足で入城し、ナコトは目を丸くした。  広大な壁と天井は、薄い靄がかかって見えづらい。いや、それよりなにより……体が汗ばむのを感じ、ナコトは防寒着のボタンを外した。 「あったか……いえ、暑い?」 「お帰りなさいませ! ご主人様!」  ばかでかいトランペットの大音声に、ナコトは飛び上がった。  風変わりな香の煙を裂いて、大柄な男たちが二列になって堂々と現れたのだ。深い色黒の男たちはそろって頭の兜に明かりのたいまつを燃やし、虹色の絹の腰布いがいは衣服をなにも身につけていない。つまり上半身は裸だ。むきだしの体は筋骨隆々で、油でも塗ったように黒光りしている。  巨漢たちの合間を肩で風切って歩きつつ、テフは満足げにうなずいた。 「おう、帰ったぜ。俺がいない間、不幸な夢の旅人は来たか?」 「来ました! なので! 代わりに受付しておきました! この前腕屈筋群(ぜんわんくっきんぐん)で!」  トランペットを片手に、大男たちは黄金の腕輪のはまったたくましい腕で、思い思いのポーズをとった。腰を抜かしてその場にへこたれたまま、第一印象を口にしたのはナコトだ。 「なんて暑苦しいの……ボディビル大会の決勝戦かなにか?」  一言ごとに構えを変えながら、巨漢たちは順番にナコトへ答えた。 「わたくしどもは!」 「大いなるナイアルラソテフ様の!」 「配下!」 「チーム・ヨガシュと申します!」 「ようこそ! 染夜名琴(しみやなこと)さま!」  ずれたメガネを直すとともに、ナコトは吐息をついた。 「へへぇ……ほんとにお金持ちの神様だったんだ、テフ?」 「まだ信じてなかったんだな。見直せ。そして恐れおののけ、暗黒神の真の力を」  王室の奥に向かい、テフは玉座に座ろうとした。いや正確には、短い前足と後ろ足でなにごとか暴れただけだ。テフの背丈では、永遠に頭上の王座には届かない。  気のきく配下のひとりに抱っこしてもらい、テフはようやく王座の上に乗った。威厳たっぷりに前足で肘掛けに片肘つきつつ、キンキン声を放つ。 「高身長で優しい外人の彼氏がお好みだったよなァ、ナコトさんよ? お望み通り、高級な外人執事喫茶に連れてきてやったぜ。おい、野郎ども!」  絶え間なくマッスルポーズを変化させながら、ヨガシュたちは元気よく返事した。 「はい! ご主人様!」 「メシと酒の準備だ! フロもわかしとけ! ベッドメイクもだぜ!」  巨大な筋肉の颶風(ぐふう)と化して、ヨガシュたちはそれぞれ散開した。 「ボトル入りました!」 「ボトルサンキュー!」  額の変な汗をぬぐいながら、ナコトはしみじみと独りごちた。 「やっぱりホストクラブじゃん……」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加