第四話「交錯」

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 広間では、饗宴の終わりを知らせる円舞曲(ワルツ)が始まった。  おのおの手と手をとってしめやかに踊る男女を横目に、車椅子のイングラムへ問いかけたのはホシカだ。 「踊るかい(シャルウィダンス)?」 「魅惑的な申し出だが、見てのとおりいまの俺は踊りが苦手でね?」 「じゃ、こうしよう」  ホシカはおもむろに、イングラムの小指にじぶんの小指を絡めた。そのまま手だけで素敵なワルツをまねる。  そんな悲喜こもごもの情景を、セレネル海を背にし、屋外のテラスの手すりにもたれかかったまま眺める人影があった。  メネスだ。  そのとなり、おなじような姿勢で会場を遠目にするのは、セレファイスの統治者……クラネス王ではないか。  軽く打ちつけたグラスとグラスを、ふたりは静かに嚥下した。  人々を光に包んでは優しい闇に染めるのは、都じゅうからかすかな轟きを残してあがりはじめた最後の大花火だ。幻夢境特有の呪力の加工がほどこされた打ち上げ花火は、人だけの技ではとても形作れない芸術的な模様を披露して見物客を驚かせている。  それを背後に聞きながら、クラネス王は感慨深けにつぶやいた。 「こんどは芝生に捨てるんじゃく、ちゃんと飲んでくれたね?」 「もちろんです。勝利の美酒ですから」  そう。あざの残る首をまだ痛そうにさするクラネス王こそが、ケスターでホシカに締め上げられた中年男だ。  ガラス張りの壁越しに流れてくる儚い奏でを背景に、クラネスはうめいた。 「痛てて……昼間に直接、彼女たちと会ったよ。一般人をよそおって、お忍びでね」 「ですから気をつけるように言ったでしょう。今回の一連の戦いには、首になにかしらの呪いがかかっていると」 「その活躍が本物であるということは、身をもって実感した。なにしろここは、十数年前のまだ青臭かったある召喚士に、フィアへの抜けきらない態度を叱った場所だ」 「はは、よしてくださいよ。若さゆえの過ちというものです」  なつかしい過去を照れ笑いしたメネスへ、クラネスは続けた。 「まさかまたこうして無事に百五十周年祭を迎え、平和にきみと酒を酌み交わせる日が来ようとは……きみの計画が、それだけ完璧だったということだ」  演奏の壇上では、華麗にめかしこんだ歌手の美少女が天上の声で唄っている。  (フィア)91だ。  その絶対領域に保存された曲を、彼女は感動的なまでに忠実に再現してみせた。  見知った識別信号にミコは反射的に顔をあげ、ナコトはアリソンとの会話の背景に心地よくそれを聞き、ホシカは歌声にあわせてイングラムと指だけで踊っている。 「♪希望の翼 風を切って羽ばたき   祈りをささげながら 探す故郷   視線のさき ひろがる無限の空   諦めぬ心はその 光を掴み取る♪」  救世の戦乙女たちを順番に示し、クラネスはたずねた。 「嫁にするならだれがいい?」 「さて……戦争に没頭するあまり、考えもしませんでした。ぼくはまだ、フィアひとすじのままです」 「じきに彼女たちは、地球へ帰ってしまうそうだな?」 「はい」 「また災害が襲ったときのため、彼女たちを幻夢境に引き留めておいてはどうかね?」  グラスの中身を手首で回しながら、メネスは断固として首を振った。 「災害が幻夢境を襲ったのは、今回たまたまです。侵略者のターゲットは、まもなく地球へ向きます。つぎは逆に、我々のほうが地球を救いにいく番です」 「そうか……本気で考えねばならないようだな。地球の組織(ファイア)との和平協定を」  真剣な面持ちで、クラネスは指摘した。 「諸悪の根源、久灯瑠璃絵(くとうるりえ)まで地球に帰すと聞いた。納得がいかんな。こちらで犯した罪は、こちらで償うべきじゃないのかね?」  メネスの浮かべた笑みは、どこまでも意味深だった。 「それはご心配なく。さきほど彼女から返事は聞きました。彼女のまいた災害の種は、彼女みずからの手で刈り取ってもらいます」 「段取りは十分というわけだな、策士?」  グラスの酒を一気に飲み干すと、クラネスは溜息をついた。 「また世界を脅威が襲った際には頼むぞ、メネス」 「ええ」  こちらも気持ちよくグラスを空にすると、メネスはうなずいた。 「カラミティハニーズに不可能はありません」
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