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王による晴れ晴れとした終幕の祝辞を、来賓者たちは残念そうに聞いた。
それでも打ち上げ花火の最高潮を一目するべく、ひとり、またひとりと客足が立ち去りはじめたころ……
大広間の一角、バーのカウンター席に腰掛けたまま、その男は愚痴った。
「嫉妬、か。言われてみりゃ、そうかもしんねえ」
一気飲みしたショットグラスで卓を叩くと、ナイ神父は酒臭いしゃっくりを漏らした。
度数の強い濃厚な酒をグラスへ追加しながら、興味深げに相談を聞くのはバーテンダー代わりのF91だ。左右の席からは、ミコとホシカがナイ神父を挟んでいる。
数えきれない金貨が詰まった閉店後の袋を背負いながら、ホシカは聞き直した。
「で、つまるところ、そいつは神父さん、あんたの彼女なのかい?」
「彼女というよりは、父親みたいなものさ。いろいろ経緯があって、気づけば俺はあいつの生命維持装置の代わりをやってた」
あごの無精髭をつくろうナイ神父へ、F91は納得げにうなずいた。
「気に入らなかったのね? 一心同体のはずの我が娘が、なまいきな色男にチヤホヤされるのが?」
「ああ」
やや逡巡の間をおいたのち、やわらかく告げたのはミコだった。
「お言葉ですが、お子さんはいつか、両親のもとから巣立つものではありませんか?」
痛くなって外した高級なハイヒールをぶらぶらさせながら、ホシカは続いた。
「そうさ。こんなガキの意見で申し訳ないが、それだけはわかる。それは生き物の常識ってやつで、避けては通れない道みたいだぜ。ところでその、ベタベタ娘を触る男との勝負には勝ったのかい?」
グラスの小麦色の液体へ身を丸め、ナイ神父は軽く首を振った。
「負けたよ。お恥ずかしいことに男のほうじゃなく、彼女本人にな。俺の力はほとんどあいつに渡してあってさ。俺自身はただの子機にしか過ぎないんだ」
気の利くF91が用意したつまみの豆を、憎々しげに噛み砕きながらナイ神父は嘆いた。
「ちくしょう。あいつはあのまま、どこの馬の骨ともわからない男に寝取られる運命なんだろうか? 俺はその一挙手一投足を、最後までそばで見守らなきゃなんねえんだぜ?」
また空になったグラスへ酒を注ぎながら、F91は相槌を打った。
「心底から大切にしてるのね? 娘さんのこと?」
「まあな。俺なんかがあいつと人生をともにするようになった責任は、俺にある」
質問したのはミコだった。
「では神父様は、お嬢様が嫁にもとつがず、永遠に手もとにいたほうがいいんですか?」
「言われてみれば、それもそれで悲しい話だ」
元気なく落ちたナイ神父の肩へ手をおき、ホシカはにかっと破顔した。
「決まりだな。そっと見守ってやれよ。力いっぱい応援してやれよ」
ホシカの注文したカシスオレンジは、なにもかも知っているF91に腕で×マークされている。ちいさく舌打ちしながら、ホシカはささやいた。
「娘は成長し、いずれはほかの男とくっついて子どもをはらむ」
「お爺ちゃんになるという現象も、あんがい幸せだそうですよ。それは社会的な大多数の統計で裏づけされています」
「その産まれてくる子どもだって、神父さんの血をひいてるのよ?」
口々にじぶんのカラーにあった発言をした少女三名へ、ナイ神父はなんとも言いがたい顔つきをした。
「おまえら三人とも、暗黒神もわからないことを色々と知ってるんだな?」
天使のような笑顔で、F91は答えた。
「父親ならでは当然の悩みだと思うわ。神父さんは、メロドラマとかはお嫌い?」
「ユーチューブばっかり見てた。反省だな、こりゃ」
仏頂面にはじめて笑みをともすと、ナイ神父はつぶやいた。
「フィアちゃん、おまえさんのさっきの歌のとおりかもしんねえ。どんな悪夢だって飛べばいつか抜けて、希望にたどり着くんだ」
あきらめた面持ちで、ナイ神父はやけ酒をやめた。
「もうあいつの好きにさせるさ、あいつの人生は」
「うんうん」
「ご英断です」
「それがいいわ」
「ありがとな。おなじ年頃の女性の恋愛観、ほんとタメになった。じゃ、みんなで花火大会を見にいくまえに、お返しと言っちゃなんだが……」
おもむろに胸もとから十字架を引き抜くと、ナイ神父は提案した。
「即席の懺悔室の開店だよ。さあお嬢さんたち、なにか過去に犯した償いたい罪はないかい? 千なる無貌の神じきじきに、懇切丁寧に聞くぜ?」
現代最強の異能力者たちは、はっとお互いの顔を見合わせた。
「あたし、ほんとは両親に……」
「私も、じつは……」
「あたしも……」
いきなり殺到した少女たちにたまげ、ナイ神父は悲鳴をあげた。
「おい! 順番だ! 罪深い子羊ども! 並べ並べ!」
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